スタジオジブリと養老孟司 『唯脳論』を押井守が映画化?

(2012年4月20日、9月17日のツイート)
 宮崎駿監督作品『となりのトトロ』と高畑勲監督作品『火垂るの墓』のBDが2012年7月18日に発売される。
 2作品をボックスセットにした「『となりのトトロ』&『火垂るの墓』2本立てブルーレイ特別セット」(企画書を兼ねた関係者用パンフレット復刻版付き)も初回限定生産で同時発売。

2012/07/18 ジブリがいっぱいCOLLECTION 『となりのトトロ』 『火垂るの墓』ブルーレイディスク 発売!
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『西洋かぶれ』

 その昔、“西洋かぶれ”という言葉が流行ったことがある。元々は、日本より西洋を良しとして振る舞う人を指す蔑称で、たとえば、夏目漱石の「坊っちゃん」に登場する赤シャツがその典型例だが、戦後になって、多少、意味が変わる。
 アメリカに戦争で負けた日本という国を好きになれず、かといって、アメリカに尻尾を振るわけにもいかない。そうだ、もうひとつの西洋、ヨーロッパがあるじゃないか。アメリカと違って、ヨーロッパには、古い伝統と歴史がある。
 新しい“西洋かぶれ”の誕生だった。それは、ヨーロッパにあこがれ、ヨーロッパの文物に親しむ人々のことを指した。
 高畑勲と宮崎駿のふたりも、その例外ではなかった。
 ふたりとも、そういう時代の申し子だった。
 ふたりは、ヨーロッパを舞台に「アルプスの少女ハイジ」と「母をたずねて三千里」を作るが、そういう作品を作ることに何の抵抗も痛痒も無かった。それどころか、それは喜びだった。そういう時代だった。
 しかし、時の経過は、ふたりに大きな変化をもたらす。日本を舞台に日本人が主人公の作品を作りたい。いつしか、そう願うようになる。
 当時の宮崎駿の発言に、こんな言葉が残っている。
 「日本に借金がある。それを返したい」
 こうして、企画されたのが、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」の2本立て興行だった。いまでこそ、日本が舞台の作品は珍しくないが、当時の日本のアニメーション界では、かなり画期的な野心作だった。企画から数えると、四半世紀、25年前の出来事である。
 最近の話だが、ある人が、こんなことを語ったのが印象的だった。
 日本は戦争に負けてよかった。

 もし、勝っていたら、本当に嫌な国になっていた気がする──。

   2012年3月 スタジオジブリ・プロデューサー 鈴木敏夫
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 「仮に私より若い世代が、本気で戦争を反省しているとしよう。そりゃいったい、どういうことか、私には理解できないのである。現在の日本社会が繁栄しているのは、戦争に負けたおかげとも言える。それなら負けたことはよかったので、それならなにを反省すればいいのか。負けるためには、ともあれ戦争をしなきゃならなかったではないか。いや、あんな戦争をしなければ、もっと繁栄したはずだ。人間がそこまで利巧なら、人類史上、戦争はもう消えているであろう。勝敗にかかわらず、戦争をしたこと自体が誤りなのだ。それを反省せよ。済みません、反省しました。それで済むか。誤りは反省するものではない。「正す」ものである。それなら戦争をしなきゃいいので、現に戦後六十年以上、日本は戦争をしていない」
(『養老孟司の大言論II 嫌いなことから、人は学ぶ』「考える軍隊」より)

小冊子『熱風』2012年3号の特集は「身体」-スタジオジブリ出版部
特集ページは養老孟司単独ロングインタビュー1本のみを掲載。『熱風』のなかでも異例の特集号。

押井守ブロマガ開始記念! 世界の半分を怒らせる生放送 押井守×鈴木敏夫×川上量生 - ニコニコ生放送 2012/09/17(月)

ニコニコ動画-"押井守監督のニコニコ生放送 2/3"
(7:11~10:20)
鈴木:脳はやらないの?
押井:え?
鈴木:脳。
押井:脳みそ?脳みそはどうでもいいんだもん。どうでもいいと言うか、要するにみんなさ、人間の実体をなぜ脳だと思うんだろうというさ。人間の身体のなかで一番上等で一番偉いのはみんな脳みそだと思ってるわけだよね。極端に言えば頭さえあれば自分は自分だと思ってるわけだ。で、それは大きな勘違いであってさ。
鈴木:思いつきなんだけれど、『唯脳論』(養老孟司著)読んだ?
押井:読んだよ。
鈴木:あれ映画化できないの?
押井:前さ、NHKかなんかで養老さんと対談したことがあるんだけどさ、そのときにあの人がそういうことを言ってたよ。
鈴木:あ、そうなんだ。
押井:「やっぱり同じようなこと考えてるんだこの人は」ってさ。要するに「自分はほとんど人形として生きてます」っていうさ。自分を自分と思って、要するに「ここにもうひとりの自分がいる瞬間というのは、24時間のなかでたかだか1時間か2時間にすぎませんよ」というさ。あとは要するに習慣だけで動いてる。ものを考えて電車に乗って、職場に行って、働いて帰ってきてというさ。「ものを考えていたらそんなことできるわけないですよ」というさ。身体が動いてるだけで自分は置き去りになってるだけだよというさ。「自分を自分として意識してる時間なんてたかだか1日に2時間か3時間しかすぎないのだ」というさ。
川上:でもそれはそうですよね。
押井:だから「人間ってそもそもそういうものですよ」という。脳というのは一番偉いというイメージは、別に昔からそうだったわけじゃないんだからさ。
川上:でも遺伝的に発生から考えたら明らかに脳って一番最後にできた寄生虫みたいなものですよね、人間の身体に取りついた。
押井:一番最後に進化したからね。
川上:そうですよね。乗っかってきたようなもんですよね。
押井:人間とはだから脳に特化した生き物なんだとか、脳に特化した獣であるというだけだよ。脳だって胃とか肝臓とか筋肉と同じでさ、要するにデバイスのひとつにしかすぎないんでさ。じゃあ「人間の本質ってなんだ。脳とか神経系以外にじゃあなにが人間を支配してるんだ」というさ。僕に言わせればそれは具体的な肉体のことじゃない。自分の身体をどういうふうに意識化しているかというさ、要するに言ってみれば言葉なんだよね。人間を人間足らしめているのは、要するに言葉なんであってさ。その言葉が文字から獲得した言葉なのか、自分の身体から獲得した言葉なのかというさ、その違いがあるだけであってさ。
鈴木:書いてるんだよね、『唯脳論』のなかでも。
押井:そうだよ。
鈴木:「なんで言葉が生まれたか」とか。
押井:そうそう、同じことだもん。
川上:そうですよね。
鈴木:読み直してみたら面白かったよ。
押井:だから僕は「身体って肉体のことじゃないんだ」って『イノセンス』のときに何度も何度も言ったんだけどさ。肉体と身体というのは別物なんだというさ。自分自身の存在をどう意識してるかという部分で身体が初めて立ち上がってくるんでさ。普段はだから身体は生きてないですよ。電車に乗ってるおっさんとかおばさんとか若い子とかみんなそうだけど、自分の身体は持ってないですよ。「自分の身体はないんだ」ということは最初の『攻殻』のテーマでもあったし、『イノセンス』のテーマでもあるんだけど、じゃあほかに身体はなにがあるんだろう、というときに考えたのが、動物というのはひとつのモデルになるんでさ。動物というのは自意識がないから。
川上:はい。
押井:自意識がなくても身体は存在する。逆に身体として生きてるんでさ。「人間はなぜそれができないんだろう」という。
(11:20~11:48)
鈴木:『唯脳論』映画化しなよ。
押井:したじゃんもう。『イノセンス』がそうだ、っつってんの。
鈴木:いや、もっとちゃんと正面切って。タイトル『唯脳論』という映画を。
押井:じゃあお金集めてくれる?いつでもやるよ。お金集めてよじゃあ。
鈴木:最近ねえ……もうそういうの飽きてきたんだ(笑)。
押井:飽きてきたって(笑)。やれといわれればいつでもやるけど。

■宮崎駿『風立ちぬ』試論1.0
『養老孟司の大言論I 希望とは自分が変わること』


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