立正大学講演会「鈴木敏夫プロデューサーに聞く~3.11後のジブリアニメの予感~」

(2012年7月7日、9月23日、9月29日、2013年6月5日のツイート)

立正大学講演会・時代の風音に耳をすませば・・・。3.11後のジブリアニメの予感【前編】
立正大学講演会・時代の風音に耳をすませば・・・。3.11後のジブリアニメの予感【後編】
進行役は元NHKプロデューサー、現:立正大学文学部・社会学科教授・桜井均さん。

太陽の王子 ホルスの大冒険』は高畑・宮崎が当時所属していた東映動画のなかで、組合運動をやる過程で出てきた作品であり、と同時に組合運動が基盤となって出来た映画だから、そこを説明しない限り語ることはできない。(「雑誌でホルスを特集するなら16ページ寄越せ」と宮崎駿が電話越しに鈴木敏夫に言ったことの内実)

『太陽の王子 ホルスの大冒険』はベトナム戦争が基になっていて、守るべき村とは何かがテーマ。(鈴木敏夫がホルスを観て)「アニメーション映画でこんなことができるのか」とたまげた。驚いた。二人に会ってみたいと思うようになった。特段、大きな夢とか希望とかそういうものを持っていなかったが、この二人と会えば、何かが始まるんじゃないかと思った。その予感があった。

ホルスを観て1年ぐらい経ったあとに、ちょうど二人がそれぞれ別の作品の監督として映画をつくることになった(宮崎駿監督作『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)と高畑勲監督作『じゃりン子チエ 劇場版』(1981))。すぐに取材を申し込んだ。それから二人との関係が始まり、ジブリに至る。仕事とはいえ、それを超えたところで、なにかつくれるんじゃないか、なにかできるんじゃないか、とそんなことを思わせてくれる二人だった。二人もそういう問題を抱えていた。時代は日本列島改造でとんでもないことなっていた世の中に、高畑も宮崎も僕も、「なにかこれは本当じゃない。なにか嘘じゃないか」と思っていて、そういうものを映画のなかに、娯楽映画なんですけど、入れることによって、ある作品が出来ないかなと、それは三人のなかで一致していた。

親友だった男が自殺してしまった。なにかこれをやろうという気になれなかった頃に、高畑・宮崎と出会って、「もう一回やり直していこう」という気分になれたことを今も覚えている。他にも身辺に死んだ人がいて、こんなこというとかっこよすぎるんですけど、その人たちの分も生きてみようと思った。 

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鈴木敏夫『風に吹かれて』「実人生を降りるな」より

大島寛士という僕の友達に『おまえは実人生を降りるのか?』っていわれたんですよ。大学院に行ったら、その先は教育か研究、まあ教育だろうと。それは実社会ではない、実人生ではないんだと。もう一ついうとね、『普通にしゃべって通じることを理屈にする商売だぞ』っていわれたんですよ。それをいわれたときね、僕はガーンと来たんですよ。『おまえ、ちゃんと実人生に行ったほうがいい』っていわれた。それで、就職することに決めるんです。やっぱりその大島寛士って、僕にとっては大きかったのかな。

さっきの大島っていう友達がもう一つ教えてくれたんですよ。『一年目は働くなよ』って。一年目は徹底的にサボれ、そうすりゃ二年目から何をやっても褒めてもらえる、って。僕、それを実行に移したんですよ。

本当に。それでその彼は、僕にはそういう助言をしながら、自分はむちゃくちゃよく働くんですよ。僕は彼のいうことを忠実に守って、一年目サボって、そうしたら二年目から何をやっても本当に褒められるんです。でも、その彼は働き過ぎて、ノイローゼに陥るんですよ。一年目から会社の社長が考えるようなことを考えちゃってね。『そういうことは上に行ってから考えたらいいんじゃない?』って、逆に僕のほうがいったりしてね。というようなことをやっているうちに、その彼が自殺しちゃうんですね。これは僕にとっては、もしかしたら大きいのかなって思いますね。

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高畑・宮崎と出会ったとき、二人は60年安保の時代から生きてきた人たちだから、一方で非常に大きな理想を持ちつつ、一方で非常に現実主義者だった。それはある種の挫折を味わっていたから。そこが共通事項として、共有事項として、高畑・宮崎・僕のなかであった、そこが基盤にあったから、一緒にやっていけたような気分がある。

宮崎駿はある頂点に到達したと思う。でも普通、自分でその自覚があったら、たぶん辞めちゃうか、そのあとつくるとしても、カスみたいなものをつくるような気がする。ところが、いまだ高畑勲にしても宮崎駿にしてもその創作意欲は衰えるどころか、ますますエスカレートしている。あれは一体何なんだろうということを日々感じている。世間の評価は関係ない。

僕らが出会った頃、それぞれ皆もう若くなかったが、まだまだ言葉によって自分たちを奮い立たせていた。どういうことかといったら、例えば『風の谷のナウシカ』をつくる前、宮崎駿はそういう言葉を自分に叱咤激励のため課していた。その言葉は「一本の映画が世界を変えることがある」。本当に信じていた。一方で現実主義があったから、そういうことはありえないかもしれない。ただそのつもりでやらないと、やっぱりよくないというか、それがないと作品をつくれない。と同時に、これだけ作品をつくってくるとそうじゃないことも見えてきたりして。そういうことでいうと、今、この瞬間、もう一回そこに立ち返ってみたいというのが出てきている。信じることができないけど信じたい。

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ポニョはこうして生まれた。~宮崎駿の思考過程~
 2006年6月28日(水)「ゲド戦記」初号試写会

宮崎駿は長男・宮崎吾朗が監督した映画『ゲド戦記』を初号試写会で観る。その後、40年以上共に映画を作ってきた盟友である色彩設計の保田道世と宮崎駿のアトリエで会話を交わす。

宮崎「初めてにしては、よくやったっていうのは演出にとって侮辱だからね」
保田「だからその言い方も…」
宮崎「この1本で世の中を変えようと思って、やんなきゃいけないんだから。変わりゃしないんだけど」
保田「変わらないけどね…」
宮崎「変わらないけど、そう思ってやるのがね、映画作るってことだと思うから。実際には何も変わらないんだけど」
保田「でもね、でもやっぱりそう、そう思って、変えるんだって、気負ってやるんだろうね。やっぱし。もの作るって」

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「教養小説」という言葉は使っていないが、『耳をすませば』の企画書には「あるひとつの出会いで、お互いがお互いを高め合う」という言葉が入っている。人間にはそういうことがある。まさに『耳をすませば』はそれをやりたかった。一人の女の子が一人の男の子と出会う。で、お互いがお互いを高め合う。そういうものは僕らの子供の頃に、いわゆる大衆的なものを含めて、そういう教養小説を、小説だけでなくて実は漫画もそうだったんだけど、(そういうものを読んで)自分を高めるとはどういうことなんだろうと(思った)。その伝統がジブリの作品のなかにあることは確かだと思う。そういうことを僕らは子供のときにトラウマになっているので、どっかで好き。最近は流行らないかもしれないけれど、昔はすごい流行った小説で『宮本武蔵』なんてのがあって「剣の道に生きる」なんていって刀で強くなるだけかなと思ったら、人間的にも修養を重ねる。そういうものを皆好きだった。

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宮崎駿『出発点 [1979~1996]』所収
宮崎駿「なぜ、いま少女マンガか?」(『耳をすませば』企画書)より

 この作品は、自分の青春に痛恨の悔いを残すおじさん達の、若い人々への一種の挑発である。自分を、自分の舞台の主人公にすることを諦めがちな観客──それは、かつての自分達でもある──に、心の渇きをかきたて、憧れることの大切さを伝えようというのである。
 自らを高めてくれる異性との出会い──チャップリンの作品は、一貫してそうだった──その出会いの奇跡の復活が、この作品の意図するものだ。

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獅子文六の『箱根山』という、仲の悪い2軒の旅館が観光開発をめぐって争う事実をもとにした小説があって、それぞれの旅館に年頃の男の子と女の子がいる。その二人が良い仲になる。いわゆるロミオとジュリエット。その二人が山に登って朝日を眺めながら「結婚しよう」という箇所がある。『耳をすませば』をつくっているとき、チラッとそのことを言った覚えがある。

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獅子文六『箱根山』
乙夫は東京へ出発する日の早朝、明日子を朝日ヶ丘に呼び出す。相愛の二人は別れの日に10年後の結婚を誓い合う。

近藤喜文監督『耳をすませば』
月島雫
「2ヶ月で帰って来ても、卒業したらすぐ戻って、10年くらいは向こうで修業するんだって」

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僕らの世代はドストエフスキーという名前をよく知っていた。『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』などの本を買ったりして、それを読まないと大学生ではないという感じが世の中の雰囲気としてあった。実は、皆さんに紹介したい本があって、「青春」という言葉と、それに「青年」という言葉があるでしょ。要するに、日本に昔からこの「青春」という言葉があったのか。僕自身もずっと気になっていた。例えば、江戸時代に「青春」「青年」という言葉があったのか。これは、実は三浦雅士という人が『青春の終焉』という本を書いて、そこで明らかにしている。実は「青春」「青年」という言葉は翻訳語だったことを指摘している。それで、ご承知のように、江戸時代には士農工商という身分制度があって、いわゆる自由に移動することができなかった。若者が夢を持って何かになろうと思っても、実現できない社会だった。ところが明治になって一変する。そういうときにこの「青春」「青年」という言葉が出てきて、要するに、この本をものすごく宣伝風にいうと、「19世紀、世界を変えたのはドストエフスキーとマルクスだった」という本。

これも宣伝コピー風だけれど、要するに、「青年には悩みがある」と訴えたのがドストエフスキーで、「青年が世界を変える」と言ったのがマルクス。三浦雅士さんが指摘するように、この二人の存在はすごく大きなことで、どういうことかといったら、この二つをくっつけたら、世の中にいろんな革命その他が起こりやすくなった。と同時に、いろんな作品もこの二人の影響をものすごく受けている。さっき宮崎駿の言葉として紹介した「一本の映画が世界を変えることがあるかもしれない」。これは非常にマルクス的。「若者だけが抱える固有の悩み」と「世界を変える」というのをドッキングしたら、怖いものがない。大きなことができるかもしれない。そういうことを三浦雅士さんが書いていて、僕らがつくってきた作品もそういうものの影響下のなかにあったのではないかと僕自身が実は思っている。もう76歳ですけど、高畑勲はその洗礼をもういっぱい浴びた人。宮崎駿の方もその影響を受けている。僕はそういう気がしている。

ちょっと前に、光文社の古典新訳文庫でドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の新訳が出て、一部の大学生の間で評判になった。マルクスの方も、NHKで『100分de名著 資本論』というすごい番組(※『100分de名著』定時放送前の特集番組『一週間de資本論』のことだと思われる)をやっていた。そういうのを少し齧ってみると、ジブリの魅力の一端がわかるのではないかと思う。

3.11という不幸な事件があった。被災地に映画を持っていこうということになって、何も考えずに「ポニョはどうですか?」と言ったら、関係者から「あれは困るんです」と言われた。それでトトロに落ち着いた。

実は3月11日は『風の谷のナウシカ』の公開日(1984年3月11日公開)。そのことを宮崎駿にいったら「オレは関係ないよ!オレのせいじゃないよ!」と。別に責めるつもりでいったわけではなかったが、偶然ってことはあるのだなと思った。

平成狸合戦ぽんぽこ』では、僕らはドキュメンタリーをやってみたかった。アニメーションで。今の多摩ニュータウンという町があるでしょ。あそこで何が行われたかというと、ひとつの大きな山を取り崩して、そこに住宅をつくったんですよ。「ああそうか。そういうことがあったんだな」と皆さん思われるかもしれないけれど、実は世界のいろんなところで住宅はつくられてきたけど、ひとつの山を壊して住宅街をつくる、これはたぶん人間の歴史のなかで最初の出来事ではないか。そこに目を付けた。そんな大きな出来事だったのに非常にすんなり、実際には反対運動その他あったんですけど、ではその山を取り崩すとき、そこに住んでいた動物たち、それこそ狸を中心とする皆はどうしたんだろうというのがスタート。

スタンリー・キューブリックという映画監督がつくった『バリー・リンドン』という作品がある。これを高畑勲が好きで、僕も実はものすごく大好き。どういう映画かというと確か18世紀ぐらいだったと思うが、その時代をまるごと再現して、そのなかに下手な役者さんを置いて、まるで本当の出来事をドキュメンタリーで撮るかの如く、つくった超大作だった。この試みがすごくて、ちょっと真似してみたいという(笑)。それでぽんぽこのとき、それを実際やってみようと思った。

お話の方は、今の多摩ニュータウンという実名を出しているがそこで起こった山の顛末だけでなくて、皆さんに観てほしいから喋るのだけど、高畑・宮崎その他の仲間が働いていた東映動画っていう話を先程したが、そのときの仲間たちを全員ある種擬人化(擬狸化?)して、その(『平成狸合戦ぽんぽこ』の)登場人物はそのときの(東映動画の)組合運動をそのままやっていて、観る人が観ると、誰が高畑勲で誰が宮崎駿なのか全部わかる仕掛けになっている。と同時に、高畑勲がもう一つ考えていたのが、あの人は本当欲張りなので、その狸たちの姿をみてると、ある種日本人の特性と非常に似たところがある。間抜けというか、なんていったって、化け学で人間に対抗しようというわけでしょ、そんなのうまくいくわけない。でもそれを復興させて頑張るという姿、そこにもしかしたら日本人のある姿があるのかなと。そんなこんなで、なにしろお話の方は、ひとつの話で三つの要素を持っていて、しかも描き方としていろんな人の視点から描く。まあ高畑勲というのは、本当欲張りで、すごい人。と同時にゆえに、何回観ても飽きない。ちなみに言うと、宮崎駿はぽんぽこを観て、滂沱の涙。泣きっぱなし。止まらない。自分に相当する人が途中で死んじゃう。そこでいちばん泣いていた。

『平成狸合戦ぽんぽこ』はフランス人にウケた。論理的だから。狸が化けるという素朴なところから説明してあるから、外人が観ても理解できる。

今、宮崎駿と高畑勲の二人がつくっている作品(『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』)は、誤解を恐れずにいうが、シナリオその他は3.11の前に出来ていて、それで3.11以降それをどうするのか(と話題に挙がった)。(その結果)二人とも一切変えてない。宮崎駿の方にも相談された。相談されたときに「変える必要はない」(と言った)。と同時に高畑勲の方は、僕はこういう話を伝えた。「3.11の結果、内容を変えた映画作品がものすごく多い」。それが僕はものすごく気になっていた。それを高畑勲に伝えた。「それはなんですかね?」と高畑勲は悩んだ。要するに、描こうとしていたものは、それを含んでいたのではないか。だから、今いえることは、そういうことが起きたからといってジタバタはしてはいけない。そう思って、自分たちのこれが良いと信じたものを今も一生懸命つくっている。

庵野秀明とは30年の付き合い。彼がつくっている新劇ヱヴァ序Qをみてて、余計なこというようだけど、ジブリ…高畑勲と宮崎駿に彼がライバル心を持ちながらやっているのがわかる。エヴァは巨神兵。東京都現代美術館の特撮展のため、庵野に特撮短編映画『巨神兵東京に現わる』をつくってもらった。実際に観るまではたわいのないものだろうと思っていたが、とんでもない。『風の谷のナウシカ』への庵野のオマージュ。原作者(宮崎駿)を超えて、オレの方が凄いだろう!と言っている作品。

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【鈴木敏夫のヱヴァ序・破の評価】
鈴木敏夫『風に吹かれて』「鈴木さんから見た『エヴァ』」より

「庵野って、あり得ない状況を作り出すのがうまいですよね。どうしようもない状況というかね。しかしそれに立ち向かうっていう話でしょ。だから、最後は精神的なものなんですよね。それがみんなの今の気分と非常にマッチするっていうのは、多少わかったことっていうのかなあ」「今のみんなの気分の中にある、全部なくしちゃいたいっていう、ある種の破壊願望。それをちゃんと満たしてますよね。だけれど、それじゃあいけないっていうんで、特に女の子たち中心にね、まあシンジももちろんいるわけだけれど、立ち向かおうとするわけでしょう?面白いのはそこらへんなんだなあってことはちょっと理解できましたね」「映画作る時のリズム。ある拍を押しながらやっていくという。そういうことがよくわかったんですね」「やっぱり怖いですよ、『エヴァ』って。そういう(嵌まったら抜け出せないという)魅力をちゃんと持っているから。僕、『序』なんか二回も観ちゃったんですから」「一回目ひとりで観てね。二回目はもうひとり置いといてもう一回観るとかね。でもやっぱり(『序』は)面白かった、うん。なんか純なものがあるんですよね、ピュアなものが」

【鈴木敏夫のヱヴァQの評価?】
ジブリの教科書「ナウシカは日本を変えたのか?」鈴木敏夫×朝井リョウ×川上量生 - 2013/04/14 15:00開始 - ニコニコ生放送

川上「(ナウシカの巨神兵作画の話の流れから)庵野さん今でも手抜きしないですよね」
朝井「そういう方なんですか?」
鈴木、首を傾げる。
川上「そうでもないですか!?」
鈴木「それは…大人になったんじゃないか…」
川上「(手抜きするのが)上手になり始めていると(笑)」
朝井「きれいな言葉で、大人になったと言い換えていただきました」

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※当記事の講演会における鈴木敏夫の発言は、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」ポッドキャスト、そして実際に講演会に行ったとき話を聴きながら書き殴ったメモと私の記憶から再現したものを含み、省略や言い換え、解釈が混じっており、原文のままではありません。なかには勘違いや拡大解釈されたものがあるかもしれませんが、あしからず。

「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」&特撮短編映画『巨神兵東京に現わる』
宮崎駿の原点&バトンの継承 三鷹の森ジブリ美術館企画展示「挿絵が僕らにくれたもの」展-通俗文化の源流-
ジブリ美術館事務局長の西岡純一氏が講演。高畑勲・宮崎駿の新作についても言及。
三鷹の森アニメフェスタ2012 宮崎吾朗監督講演会レポート
ジブリ汗まみれと『BEST OF アニメージュ』
『熱風』2011年12月号。鈴木敏夫と宮崎駿と富野由悠季。
『山口智子×鈴木敏夫“話をする二人”』の内容&宮崎駿の次回作についての考察
『シャーロット姫』と『崖の上のポニョ』

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