【辺野古基金共同代表】宮崎駿 記者会見【日本外国特派員協会主催】

(2015年7月13日、7月14日、2016年2月1日のツイート)

【辺野古基金】宮崎駿氏 記者会見 主催:日本外国特派員協会 - ニコニコ生放送
「辺野古基金」共同代表 宮﨑駿会見【全文】- BLOGOS(ブロゴス)
スタジオジブリの好奇心『熱風 2015年8月号』
特別収録「宮崎駿/日本外国特派員協会記者会見」

(2015年7月13日 東小金井 二馬力)

宮崎駿:
暑い中ご苦労さまです。
話し出すと長くなりますから、
ご質問に答えたほうがいいと思いますので、
どんなことでも構いませんからおっしゃって下さい。

記者:
中国のビジネス誌、第一財経週刊です。
(長編)引退以降は宮崎監督はどんな生活を送っていますか。

宮崎駿:
僕は以前と何も変わっていません。
ただ(ジブリに)来る時間が30分ほど遅くなり、
帰る時間が30分ほど早くなっています。

記者:
新しいアニメーションを作っているということですが。

宮崎駿:
ええ、これから掛かるところです。
いま掛かりつつあります。

記者:
シンガポール・プレス・ホールディングスです。
宮崎監督は沖縄辺野古に関する協力声明を出しました。
その後の進展はいかがでしょうか。
また、宮崎先生に、いやがらせなどはありましたか。

宮崎駿:
沖縄の人の過半数以上が辺野古に基地を作ることに反対しています。
まだこれは最終結論は出ていませんが、
これから困難な道が続くんだろうとも思いますが、
それを永続的に長く続けるために辺野古基金を作って、
あらゆることをしていこうというのがこのファンドの目的です。
(直接のいやがらせ)それはありません。
それよりも、こっそり寄って来て「有難う」と言う人が何人もいました。
なぜこっそり寄ってくるのかわかりません、
堂々と来れば良いのにと思いましたけど(笑)。
共同代表になったときに、それまで家内は何も言いませんでしたが、
(手紙に)◯をつけて返信する時に、とても喜んでくれました。

記者:
イギリスのエコノミストです。
今週は、日本にとっては大変重要な一週間です。
国会では安保法制の議論が進みまして、16日には採決される見通しです。
安倍政権は、日本の安全保障を確保するために必要だと主張していますが、
監督はこれについてどう思われますか。

宮崎駿:
話が飛ぶようですが、イラク戦争が起こった時、
日本のテレビジョンで、あるイギリスの政治学者がインタビューに答えていました。
その内容をかいつまんでお話しますと、
"この戦争の結果、アメリカはアフガニスタンとイラクから
自分の牧場に帰ることになるでしょう。
そして、世界は一段と混乱するでしょう"と言いました。
今、安倍政権のやっていることは、
そのことを考えてどういう方法を取るかだと思います。
私は正反対の方向が良いと思いますが、
つまり軍事力で中国の膨張を止めようとするのは不可能だと思います。
もっと違う方法を考えなければいけない、
そのために私たちは平和憲法を作ったんだと思っています。
その考えは変わっていません。

記者:
イギリスのタイムズ紙です。
よくわからないのは、原発政策について、安倍首相の人気は低い。
しかしながら選挙では必ず勝ちます。その理由は日本の左翼、
リベラル派があまり強くない現状があるのではないか。
監督もクリエイターでインテリなので、
どちらかといえばリベラル派に属していると思いますが、
なぜ日本では左派が大きな政治的な力を結成できないのだと思いますか。

宮崎駿:
民主党の最初の総理は、沖縄の基地の問題についても、
"日本全体で背負うべきであって、沖縄だけに負担させるのは間違いである"、
とはっきり言った方です。
でも、たちまち党内の勢力争いで引きずり降ろされてしまいました。
そして、その後、地震と原発と立て続けに災厄に見舞われて、
その混乱の中で、とうとう自民党政権がずっとやりたくてもやれなかった
消費税(率のアップ)を民主党が決める羽目になってしまったんです。
この結果、長い政治的な無力感、不信感がこの国にはびこったんだと思います。
自民党は過半数以上の支持を得たのではなくて、
多くの人間が投票しなかったことによって天下を獲ったんです。
ですから、また変わります。永続的なものではないと思います。
安倍首相は、自分は憲法の解釈を変えた偉大な男として
歴史に残りたいと思っているんだと思いますが、愚劣なことだと思っています。

記者:
シンガポールのチャンネル・ニュース・アジアです。
宮崎先生がいまいちばん海外のメディアに伝えたいことは何なのか
教えていただけますか。

宮崎駿:
私はこの役目、辺野古基金の共同代表の人間としてここに臨んでおりますから、
辺野古の基地の問題、沖縄の人々が基地を撤去したいと思っている
そのことをお伝え願えたら、本当に嬉しいと思います。
それからもうひとつ、先ほどの方の質問でしたが、
日本と中国の問題、共同声明について、
私はあの侵略戦争は完全な間違いで、多大な損害を中国の人々に与えたことについて
深く反省していると明言しなければならないと思っている人間です。
これを政治的な駆け引きとして双方で何かごちゃごちゃやるのは本当によくない。
あらゆる政治情勢と関係なく、この日本は長期に渡る、大陸における愚劣な行為について
深く反省しなければいけないと思っています。それを忘れたがっている人が
いっぱいいることは知っていますが、忘れてはいけないことです。

記者:
さっきの通訳の内容を確認したいんですが、
安倍首相は、憲法解釈を変えた偉大な人として歴史に残りたいと思っている?

宮崎駿:
本人が思っているんです。でも残らないでしょう。
ちょっとお話をさせてください。この紙切れが、私の所に突然届いたんです。
共同代表を就任することについての依頼状、
それと承諾する・しないに◯を付けろという紙が入っていました。
私は共同代表になるような資格や能力を持っていないので、本当に当惑したんです。
ただですね、沖縄の問題というのは、ここにいればなかなか伝わって来ませんが、
実は自分の大事な友人に沖縄の人がおりまして、
その人は沖縄返還の年、1972年5月15日に返還されましたが、
4月28日に東京の大学に入るために、
パスポートと黄色い紙、伝染病の予防注射だと思いますが、
を持って東京にやってきたんです。
その時にその人間が感じたありとあらゆる感情…非常に抑えられた感想でしたが、
その時の話を思い出すと、私は沖縄の人にものすごく申し訳ないと思っています。
(ここで監督は涙を浮かべ、声を詰まらせる)
ですから、この代表を引き受けることにしました。

記者:
ビデオニュース・ドットコムです。
安倍政権は、基地問題も安保法制も、いずれもアメリカとの関係上、
それが必要だという立場を取っていると理解しています。
監督は、日米関係について、どのようにお考えでしょうか。
このままでいいのか、もっとこうあるべきだ、というのがあれば、教えてください。

宮崎駿:
それについて、
僕はアメリカに非常に大事な友人たちがずいぶんいるんです。
極めて誠実な、本当に友情に厚い友達ですが、
アメリカの文化は僕は好きではありません。
アメリカの生活様式も 日本に多く浸透している色々な生活のやりかたも、
基本的に好きじゃない人間なので、そういう色眼鏡だけで見てしまいます。
今、具体的にどういう方針をめぐってどうなのかとここで述べることはできませんが、
僕はいつか大量消費文明に終わりが来るだろうという予感の中で生きていますので、
それでお答えをご勘弁してください。

記者:
米国のフリーランスの記者です。
最近文部科学省が、文学、社会学、心理学など
すべての人文社会系学部を廃止する方針を打ち出しました。
その方針についてどう思いますか。
なぜそのような方針を打ち出したのでしょうか。

宮崎駿:
歴史というものに対する感覚がひどく鈍くなっているんだと思います。
いま歴史のある場所にいるんだという感覚が鈍くなっていて、
このままずっと続くんだろう、みたいな感じが
この国に蔓延しているんだと思いますね。
第二次大戦の後、日本は冷戦の狭間で、保守と革新というのは、
民主主義か社会主義かというそういう冷戦構造のなかで揺れ動いてきたんです。
それが冷戦が終了したあと、つまりソ連が崩壊した後、はっきりとした根拠、
つまり保守と革新を分ける根拠を失ったんだと思います。
その再建がまだ革新の側にできていないんだと思いますよ。

記者:
スイスのフリーランスの記者です。
原発が近く再稼働される予定です。どうお考えでしょうか。
日本は原発を放棄すべきだと思いますか。

宮崎駿:
ええ、こんな地震だらけで火山だらけの国で、原発なんてもってのほかです。
この土地だって、本当にわずかな前に火山の噴火によって出来た土地ですから。
私は東京と埼玉の間に住んでいますが、そこの川沿いの小さな土地にいますけど、
実は東京湾に津波か高潮が襲ってきた場合、東京都のハザードマップによると、
私の家も沈没することになっています。そのスケールたるや、壮絶なスケールなんです。
そういうことが起こりうる、いや、起きるだろうと確実に。そういう国に私たちはいるんです。
"ここ(東小金井)にも津波が来るか"というと、意見の分かれるとこですが、
友人たちの多くはそんなことはないだろうと言いますけど、
実際いつかは富士山が爆発して巨大な阿蘇山のようになるはずですから、
この国は本当にわからないんです。
わからないということを前提に生きないといけないところなんです。
そんなとこで原発なんてもってのほかです。
ましてですね、沖縄をなんのために基地にするかと言ったら、
それは中国の封じ込めの最前線でしょ。
だけどなぜアメリカがグアムに海兵隊を持って行こうとしているかといったら、
それは最前線に最強部隊を置くことはできないからですよ。
だって、パールハーバーもクラークフィールドも、
そこに最強の基地があったから日本海軍は攻撃したんです。
必ずそうなりますから、沖縄を拠点にすることは、
もはやアメリカの戦略上でもよくないことになっているはずです。
ベトナム戦争の時とは違うんです。
ですから辺野古に基地を作っても、
結局それは、自衛隊が使うことになるでしょう。
そういうことも含めて考えると、
僕は辺野古に埋め立ての基地を作るのは反対です。本当に。
そこは標的を作るようなものです。というのも(理由に)入っています。

記者:
イギリスのタイムズ紙です。
先ほど、アメリカの大量消費文化はあまり好きではないとおっしゃいました。
しかしながら、アメリカは監督の映画が大好きですし、
非常に受け入れられて成功しています。
とはいえ、翻訳やアメリカの声優を通すなどのプロセスがあるため、
監督の作品がそのまま観られているわけではありません。
ハリウッドで作品本来の意味、監督が訴えたいと思っている
意味が変えられていると思うことはありますか。

宮崎駿:
アメリカに私たちの作品を紹介することについては、
ピクサーのジョン・ラセターが非常に友情と責任を持ってやってくれています。
ですから、私は彼を信頼しています。本当に一番の親友です。
ついでにちょっとひとつ。僕がイギリスのブリストルにある、
アードマン・スタジオに行ってそこのスタッフと交流したときに、
彼ら彼女たちがこのDVDにサインをしてくれと
私の作品を持ってきました。
完全な海賊版でした、中国製の(笑)。
どういう風になっているのか、私には見当も付きません(笑) 。

記者:
イタリアの経済誌、イル・ソーレ・24オーレです。
さきほど引退後の生活はあまり変わっていないとおっしゃっていましたが、
今、取り組んでいるクリエイティブなプロジェクトについてお話いただけないでしょうか。
将来的には大きなプロジェクトにも関わりたい思っていますか。

宮崎駿:
いま、ジブリの美術館で短編映画を作っていますが、
その10作目(『毛虫のボロ』)に関わっています。
これは従来のスタッフ少しと、CGの新しいスタッフたちとでやることになっています。
プロデューサーは3年ぐらいかかるであろうと言っていますが、
若いスタッフを3年も拘束するのは良くないので、
私はできるだけ早く終わらせたいと思っていますが(笑)。
それだけでも精一杯ではないかと思っているんです。

記者:
ドイツの経済紙、ハンデルスブラットです。
日本の若者をどう見ていらっしゃいますか。他の国を見ていても、
若い人には右傾化が出てきています。
日本でも若い人の中で田母神氏が大きな人気を得ていますが、
一方では多くの若者が政治に無関心と言われています。
これは今後どういうふうに発展すると思いますか。
若者が政治のプロセスに熱狂的に参加するような時代がくると思いますか。

宮崎駿:
スマホを手放してくれれば変わります。(会場笑)

記者:
ブルームバーグです。
日本の平和憲法というものは、
やはり外国の占領国が日本に押し付けたとよく言われています。
しかし、いまの日本での動きを見ていると、
日本人はこの憲法を非常に深く愛しています。
どうして日本人はこんなに強い思いを憲法に対して持っていると思いますか。

宮崎駿:
15年に渡る日本の戦争は、惨憺たる経験を日本人にも与えたんです。
300万人の死者です。この経験は、多くの、つまり
私たちよりちょっと上の世代にとっては忘れがたいことです。
平和憲法というのは、それに対する光が差し込むような体験であったんです。
これは今の若い日本人にはむしろ通じないくらいの大きな力だったんです。
平和憲法というのは。平和憲法というのは、占領軍が押し付けたというよりも、
1928年の国際連盟のきっかけにもなった不戦条約の精神を引き継いでいるもので、
決して歴史的に孤立しているものでも、
占領軍に押し付けられただけのものでもないと思うんです。

記者:
シンガポール・プレス・ホールディングスです。
日本の教科書は加害に関する部分が薄いと中国や韓国から指摘されています。
監督はその加害の部分も大変重く感じている日本人の一人だと思いますが、
将来的に自身の映画に、そういう観点を入れたりするというビジョンはありますか。
または、アジアの人たちと映画を作っていきたい、という考えはありませんか。

宮崎駿:
アニメーションは、いろいろな作品が考えられますが、
今、私が作ろうとしている作品は、こんな小さな毛虫の話です。
指でつつくだけで死んでしまいます。
この小さな毛虫がこんな小さな葉っぱにくっいている生活を描くつもりです。
それはアニメーションが生命の本質的な部分に迫ったほうが、
アニメーションとしては表現しやすいのではないかと思っているんです。
あの…意味わかりませんか(笑)。
それで、100年や200年の短い歴史よりももっと長い、
何億年にもつながる歴史をアニメーションは描いたほうがいいと思っています。

記者:
中国の第一財経週刊です。
今までのアニメ制作につきまして、監督としてまだ実現していないことはありますか。
オタク向けの作品がたくさん出てきていますが、この状況についてどう思いますか。

宮崎駿:
フィルムがなくなって、私たちが使っていたセルもなくなって、
絵の具で塗ることもなくなりました。それから背景を描く時には
ポスターカラーを使ってきましたが、ポスターカラーすら、
もう生産は終わるだろうと言われています。筆も、良い筆が手に入りません。
それから、紙がこの1、2年で急速に悪くなりました。
私はイギリスの「BBケント」というケント紙を、ペンで描くときは愛用していました。
とても素晴らしい、僕にとっては宝者のような紙が、すっと線を引くと、
インクが滲むようになりました。インクが使えなくなりました。
何か、世界がもっと根元の方でみしみしと悪くなっていくようです。
ですから、アニメーションのことだけ論じてもしょうがないんじゃないかなと思います。
いつでも、どうしてこれが流行るのか、よくわからないものが流行ります。
それもいろいろあっていいんじゃないかと僕は勝手に思っています(笑)。

記者:
ビデオニュース・ドットコムです。
辺野古基金の共同代表である宮崎監督にお伺いしたいのですが、
政府は辺野古に基地が作れないとなると、危険な状態にある普天間の
固定化につながると、脅しとも取れるような言い方を繰り返しています。
宮崎監督としましては、
この辺野古問題はどのような形で解決されるべきだとお考えですか。

宮崎駿:
普天間の基地は移転しなければいけません。
それから辺野古を埋め立てるのはいけません。
それで、第一次民主党内閣の鳩山総理は
「日本全体で負担しよう」という風に発言したんです。
僕はそれがまだ生きていると思っています。

記者:
中国のチャイナ・ニュース・サービスです。
監督の作品の名でいくつか戦争に触れた作品があります。
戦後70年という節目の年ですが、監督から見ればあの戦争、
あれは70年前のあの歴史は一体どういうものだと思いますか。
あれからどういう教訓、あるいは経験が得られたと思いますか。

宮崎駿:
あの戦争に至る前どこで止められたんだろうという風によく考えます。
そうすると、だんだん遡っていって、ついに日本とロシアの戦争にまで至ります。
実はその前に日清戦争というのもありますが、
これは結局、東アジアにヨーロッパが来て、
大砲で開国を迫ったことによる、"文明の衝突"から始まったんです。
でも、それを言っていくと、どんどん責任が曖昧になります。
ですから、僕はやっぱり、やってはいけないことはやってはいけないんだ
ということしかないんじゃないかと思います。
他国を自国のための犠牲にして侵略することは、絶対やってはならない。
どんな理由をくっつけても、どんなに美化しても美化しきれない。
その原則だけは絶対守るべきであると思います。侵略してはいけないんです。
それで、私たちは島国ですから、一番やりやすいはずです。

記者:
ドイツのハンデルスブラットです。
アニメーションの未来について質問させてください。
監督は長編に特化してきたわけですが、
いま新しく、非常に機敏に視聴者のニーズに応えて
すぐ作品を作れる会社も出てきています。
こうしたものがアニメーションの未来像になると思いますか。
それとも、これまで監督が関わってきた、制作するのに何年もかかって、
ハイリスクながらハイリターンも期待できるような映画にも未来があると思いますか。

宮崎駿:
幸運と才能さえあれば、なんとかなるでしょう(笑) 。


【会見終了後、記者たちとの写真撮影にて】
記者:
今後は長編作品はお作りにならないんですか。

宮崎駿:
いやぁ、非常に体力的にやっぱり、僕は年寄りですからね。
だから、若い人に任せていいでしょう、きっと。

記者:
監督、どうしてiPhoneが嫌いなんですか。

宮崎駿:
僕、保守的な人間なんですよ。


笹川記念保健協力財団主催「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」
宮崎駿講演「全生園で出会ったこと」- BLOGOS(ブロゴス)

(2016年1月28日 港区虎ノ門 笹川平和財団ビル)

講演終了後、別室で記者会見が行われた。
予め主催者側から質問は講演に関するもののみ、
という申し送りがあったにもかかわらず、
講演や会見の機会が少ない宮崎監督とあって、
詰めかけた大勢の記者から
「憲法改正」「原発」「普天間基地移設問題」に関する質問が飛び出した。

記者:
改憲の流れについて、戦争に向かっているという雰囲気について、
日本外国特派員協会の会見でおっしゃっていたんですが、
それについて話していただけないでしょうか。

宮崎駿:
21世紀に入って、いままでの枠組みでは考えられないようなことが
世界中で起こり始めているんだと思います。それこそ、
ゲルマンとスラブと、イスラムと。イスラムの中でもISと、
そういう葛藤がはっきり形を見せてきた時期だと思いますね。
今、僕らの中に「鎖国していればいいんじゃないか」っていう気分が、
日常の中や職場の中に、濃厚に出てきています。僕にも出てきているんですよ。
「隅のほうで静かにしていよう」って。さらに
「20世紀の人間で、21世紀についてはなかなかわからん」ってこの頃、
口走るようになってしまっているんですけど、
本当に新しいレベルの葛藤と矛盾が噴出しつつある世界に
居合わせているんだから、なるべく目を開けて、
道を誤らないようにやっていくしかないと思っているんですけどね。

記者:
改憲についてはどういうお考えですか。

宮崎駿:
それは僕、反対に決まっているじゃないですか(笑)。
家内の父親は、懲罰的な招集を受けて大陸に行ってましたから。
思想犯で1年3ヶ月捕まってますんでね。
ですから亡くなった義理の母は、
子供5人の留守家族で、本当に苦労したんですよ。
そういう人達がいっぱいいるわけです。その人達の目の黒いうちは、
「平和憲法をやめよう」なんて言えないんですよ。僕は家で絶対言えませんね。
だから、僕は憲法を変えるのに反対です。
もし世界で変えなきゃいけないとしても、一番最後で良いと思っています。

記者:
もうすぐ3.11から5年経ちますけども、原発再稼働について一言。

宮崎駿:
原発を使わなくて済むような、しかし石油に依存しないで済むような。
何か違う発想でやらないと、石油を巡ってISと揉めていても、
これは先行きがないなという感じはしますね。
でも僕は、原発は再開しないで頑張るべきだと思っています。

記者:
沖縄県で政府が対立していて、
さらに工事がドンドン進められようとしています。
それについてのお考えと、今後どうすればいいでしょうか。

宮崎駿:
僕は止めなさいといいます。要するに沖縄に基地が多すぎるってことですね。
その次の問題は、日本のどこにも基地を作らせる場所がないってことなんです。
それからもう1つ。中国はISの問題の方が大事で、
海軍で東に出て来る能力は今持っていません。しばらくは持たないと思います。
だから、中国海軍が増強しているから云々、というのは当たらない。
新しい航空母艦を造ったからって、あんなもん全く役に立ちません。
自信を持って言います。むしろ、あそこで危機感を煽る事自体が滑稽です。
むしろ、コントロール出来ていない軍隊のほうが危険でね。
中国軍はコントロール出来ていないですよ。
だからパイロットがミサイルを見せびらかして接近してくるとか、
本当に国際的感覚が欠けているんですよ。
よその国の軍隊の悪口を言ってもしょうがないんですけど、
一緒に共同演習でもしてルールを教えていかないと、
つまらないことで戦端が開かれてしまう危険が出てきたってことは確かだと思います。
でも、辺野古の海は残しておいたほうがいい。沖縄の人のためにも。
それでも埋めるやつは埋めるだろうと思うんですけど。
そこから先の戦いは、極めて政治的な判断と、粘り強さが必要なんだと思います。

記者:
社会全体として、ハンセン病に限らず、原発事故も含めた負の問題。
これに蓋をしてしまうような感覚がどうしてもあるような気がしています。
抽象的な質問なんですが、
社会としてはこういう問題に対して、どのように求めていくべきというか…。

宮崎駿:
手分けしていくしかないんです。
僕は原発が無くなってもいいと思いますけど、
署名を集めるために、仕事を放り出していくわけにはいかないんです。
それぞれに偏見を持たないで、出会ったらそれについて賛同いたしますとか、
幾ばくかのカンパはしますってことは出来るかもしれないけど、
僕らはジャーナリストじゃないんだから、なんでもかんでも手を広げてね、
この世にある問題全てに関わるというのは不可能です。
「おろそかに生きてはいけない」というのは、
自分に与えられたフィールドについて、僕の場合は映画を作るってことですけど、
そのフィールドについておろそかに生きてはいけないという意味です。
そうすると、家庭生活は入っていないのかって、
家内に言われそうですけど、それも少しは入っているという(笑)。
やっぱり自分に与えられたフィールドとチャンスに対して、
おろそかになってはいけないということだと思います。

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