スタジオジブリ海外合作アニメーションはこうして生まれた。「高畑勲×マイケル監督」初対談&「レッドタートル」資料室


ジブリの大博覧会~ナウシカから最新作「レッドタートル」まで~関連セミナー
高畑勲×マイケル監督初対談!レッドタートルはどこから来たのか - LINE LIVE
2016.09.01 19:39
【出演】
高畑勲(『レッドタートル ある島の物語』アーティスティック・プロデューサー)
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット(『レッドタートル ある島の物語』監督)

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【「岸辺のふたり」が僕たちを虜にした】
高畑勲:
(LINE LIVE放送開始前にマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編アニメーション)
「岸辺のふたり」(新邦題『父と娘』)という作品を観て頂いたんですが、
僕も後ろで観ていたんですけど、素晴らしいと思われると思うんですが、
ただ初めての方はですね、僕がいうのもなんですが、
ものすごく沢山の物を見逃しているはずなんですよ、これ。
で、だから最初におすすめしたいのはですね、繰り返し観てください(笑)。
その度に快楽もあるしね、悦びもあるし、面白いし、尚且つ
色んなことがわかってくると思います。特に日本の題名の「岸辺のふたり」というのは、
どうも人を惑わす題名なんだね。もともとは「父と娘」(原題『Father and Daughter』)
というのが題名なんですが。「岸辺」とは一体なにかという問題。
「ふたり」というのは一体…まぁもちろんあの2人ですけども…父と娘なんだけど(笑)。
だから、そういう訳の問題がいろいろあるんで。それからもうひとつ、
実はこれについてお話を全部してしまいたいぐらい愛してるんですけれど、
今日はそういうわけにいかないんで残念だな(笑)。

で、これ(セミナー)の副題がですね、今度封切る「レッドタートル」という作品ですけど、
それはどこから来たのか、というのが今日のテーマなんで、
その意味をちょっと簡単に言います。
なんといっても、まずこのさっきご覧になった「岸辺のふたり」があまりにも素晴らしくて、
ジブリの僕たちというか鈴木敏夫、それから僕なんかも含めてですけど、
私たちを虜にしたことが非常に大きいと思うんですね。
非常に強烈なインパクトを与えられた。僕自身についていえば、
大学の講師をしていたんですが、学生に繰り返しこれをみせて、
この奥深さというものを自ら発見していってもらう…
まあついこっちが語ってしまったりすることもあるんですけども(笑)、
そういうことを繰り返してやりました。で、
鈴木敏夫という人はプロデューサーですからね、マイケルさんに
「スタジオジブリで長編を作ってみないか」って、実に大胆な提案をしたんですね。
もし、こういう風なマイケル作品に対する敬愛と、
プロデューサーとしての度量といいますかね、
そういうものがなかったら、「レッドタートル」というのが
日の目を見るってのはなかったんじゃないかと私は思います。

ですから、「どこから来たか」というとですね、
まず「岸辺のふたり」彼の過去に作った作品ですね、
それがすごい力を持っていたからだと思います。
「レッドタートル」というのが完成した今、僕らはマイケルさんに対する
敬意とか愛情とかっていうのをますます深めているんです。
この企画に参加できて、本当によかったと思います。
で、というわけで、鈴木敏夫からの申し出を受けたマイケルさんはそれをどう考えて
承諾するに至ったのか、それをまず伺ってみたいと思ったんですね。
というのは、マイケルさんがそれまでに作ってきた作品っていうのは全部短編だし、
このなかでもちろんわかってらっしゃる方多いと思うんですが、
短編っていうのは独自の芸術的なジャンルなんであって、
決して長編が作れないから短編を作ってる、とかそういう話じゃないんでね。
そういうものの非常に高みに達した作品をつくった人がですね、
要するに、長編に手を出すということは非常に大きな決断も必要だし、
そこらへんをちょっと伺いたいと思います。


【美しいストーリーを語りたい】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
まずは高畑さん今のお言葉ありがとうございます。
実は作品をつくるときというのは必ず決意というものが必要なんですね。
最初にジブリからメールを頂いて、そのなかで長編を作ってみないかという、
そういった依頼があったんですけれども、
私はそのとき勿論、今まで90年代の初めぐらいからジブリの作品を何本か観て、
とても尊敬するアニメーションスタジオの一つであったので、
そんなジブリからそういう依頼を受けるということで、
私は本当に嬉しかったんですね。まずはその嬉しかったという気持ちと
あとやっぱり短編から長編を作るというのは
また違うチャレンジであるということもあったんです。
私はこれまで短編を何本も作ってきたんですけれど
一本一本作るときに必ず新しいことに
挑戦するということを忘れないようにしているんです。
皆さんいまご覧になった「岸辺のふたり」という
『Father and Daughter』という作品は例えば2年かかったんですね。
どうして2年かかったかというと、一人の人間の一生を簡潔に、
しかし、静粛をもって描きたいと思ったんです。

というのも一人の人間の一生を描くというと、
どうしてもバタバタしてしまう。それをどうしても避けたかった。
本当に簡潔で、そして静かな、
そういったストーリーを語りたいと心から願っていたんです。
もちろん、映画監督として長編を作りたいという気持ちは
今までなかったといえば嘘になります。
しかし私は長編を作るときというのはやはりどうしても
美しいストーリーを語りたいというのが根底にありました。

いろんなプロデューサーからこういう長編を作らないかと依頼を受けたこともあります。
素晴らしいスタッフを付けてあげるよ、お金もいっぱい出すよ、
そういった甘い言葉を囁かれたこともいっぱいありました。
けれども、私にとって作るというのはやはり
自分の弱いところをさらけ出して作らないといけないんですね。
自分のアーティストの弱いところをさらけ出さないといけない。
そういうことをするには、
自分にとっていちばん美しいと思う、ストーリーを映画化したい。
そうでないと、自分は長編に挑戦できない。

そういった確信がありました。

【「南の島に漂流する男」を長編でやってみたい】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
今まで長々と話してしまったんですけれども、
結局先程のことに関しては実は作品をつくるときというのは
熱意がとりあえずいちばん重要なんじゃないかと思うんです。
先程の話に戻って、ジブリの方から「長編を作らないか」、
というメールが来たとき、それはもちろん私にとっては、
「是非是非一緒に作りたい」、という本当にポジティブな気持ちでした。

それは同時に、大きな衝撃でもありました。
その前に実は一度、高畑さんにお会いすることがあったんですけれども、
まさかいつか一緒に仕事をするような予兆などは全くありませんでしたし、
本当に想像を絶するオファーだったんです。そういった経緯のなかで、
これから長編でどのような話を語ったらいいのか、というのを考えたときに
私自身子どもの頃からすごく南の島に漂流する男の話というのに、
少なからずも、とてもそういうお話が好きだったんですね。
皆さんも『ロビンソン・クルーソー』の話をご存じかとは思うんですけれど、
実は南の島に漂流した男の話というのは短編に向かないと思っていました。
なので、子どもの頃から大好きな「南の島に漂流する男」、
これを是非長編でやってみたい、というのが
まず第一の出発点になります。
そしてそのあとに、
この南の島で一人の男と一人の女が出会い、そして恋に落ちる、
そういったラブストーリーを語ることが出来たらいいなと思いました。
もちろん、愛を語るといっても仰々しいラブストーリーではなくて、
本当に純粋な男女の話を語ることが出来たらいいな、というのがありました。
そして三つ目に、私はこの作品のなかで自分の個人的な自然への尊敬、
自然を愛する、そういった気持ちをメッセージとしてではなくて、
自分の気持ち、情熱、そういったものを皆さんにもし伝える事が出来たらいいな、
というのがありました。もちろん、その美しい自然それに対する愛というのは、
ただ単に美しい夕陽をみせたり、動物をみせたり、花をみせたり、
そういったことではないんですね。それは自然のネガティブなところも合わせて、
自然をみせていく。そして皆さんに自然を理解してもらう。
そういったことだと思うんです。
なので、あえて灰色のちょっとどんよりとした
空とか影とか、死、そういった自然界のなかで私たちが感じるものを
映画のなかでお客さんにも感じてもらえる、そういうことをやってみたいと思いました。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督『レッドタートル ある島の物語』(2016)予告

【いかにして簡潔さを保つか】
高畑勲:
実は今日はですね、
(「レッドタートル」)完成披露試写会が並行して行われているんですよ。
皆さん、おそらくご覧になっていないと思うんで、この会をどうするか
非常に難しいと思っていたわけ。今「レッドタートル」の話を彼がしたので、
これ以上深入りしないことに…ね(笑)。というのはその
観た上でないとわからないとかいろいろ思うんで、
そこに行くまでになにがあったんだろうか、ということで。
少し考えたいと思うんです。
しかし、いま彼がマイケルさんがおっしゃったことで
非常に大事なのはですね、長編を作るときにも、
ある意味でストーリーを簡潔なものにしなければならないとか、
それから自然のこともおっしゃいましたけれど、
しかし自然なんかについても非常に複雑怪奇な、
例えば熱帯のジャングルとか、日本なんかでも非常に植生が旺盛ですけれど、
そういうものじゃなくて、どういう風に整理するか考えて作られているんですよ。
ご覧になったらわかるけど。お話に関してもそうです。
いかにして簡潔さを保つかというのを非常に考えてらっしゃるんですね。
で、といいながら、まだ僕がその話をしてもマズイですね。
ちょっと戻ります(笑)。要するにだから
「レッドタートル」をやるときも勿論そういうことを考えるけど、
それは既に観た「岸辺のふたり」というのに非常に現われているわけ。
今ご覧になっておわかりでしょうけれど、ここには人生が描かれている。
人の一生に近い時間が流れているわけ。で、その間にですね、
自然そのものも変わっていくんですよ。このなかで気が付いてない人も
ひょっとしているんですね、まあ実際。授業してみるとわかるんだけど。

あの…ついでに説明します僕が。(マイケル監督に)悪いですけれど(笑)。
要するに、ロンバルディアポプラの並木があった、あそこはなんだと思いますか。
あれは岸辺とかいうけれど、干拓堤防なんですよ。
「干拓」ってご存知か、九州の有明海沿岸の方なんかは知ってるかと思うんだけど、
堤防があってですね、内側は非常にフラットな海抜ゼロメートル地帯みたいなのが
広がってるわけ。それで、堤防でやっと海を止めているんだけど、
長い時間かかると堤防の外側も段々干上がっていくんですよね。
なんかちょっと障害物を置いておくと。それで江戸時代に日本でも干拓をしていたわけ。
で、オランダっていうのはご存じのとおり、
あれは水を汲み出すためだったりしているわけ。
ある意味で非常にシンプルな構造を持っている風土なんですよあそこは。
しかし、それを最大限に生かしてですね、
人の一生とそういう自然の変化というのも重ね合わせてですね、
見事にやってる。その着眼点がすごいんですね。

もちろん、(マイケル監督は)オランダ出身なんであれなんですが。
8分という時間のなかで凝縮されたことが語れたということがね、
さっきおっしゃったのが長編のなかでも、
別のかたちで工夫してやろうということをなさったんだと私は理解しているんです。
すいません(笑)ちょっと…困ったな…あの(笑)。
すいません、僕がだいぶ喋ることになるけど、
(話の)方向を一応、戻させてもらってですね、
非常に簡潔な物語を簡潔な絵によって、
場合によっては道具立てもやや簡潔にしながら、
要するにあまりゴチャゴチャしたもので
説明がたくさん必要なものはやめにするとかね。
そういうことを非常によく考えて、やってらっしゃるのですが、
ここでですね、要するに表現と内容というものが非常に素晴らしいかたちで
一体化しているところに我々は感心するわけなんだけど、
感心された思うんだけど皆さんも、それをパッと切り離してですね、
内容はさて置いて、表現についてしばらくお話をお訊きしたいと。

で、今説明したような表現スタイルというものをマイケルさんは
いつどのように発見したというのかな、自分でやろうと思ったのかっていうのは、
我々は観ている限り、「お坊さんと魚」もそうだったんですね、既に。
だから、(マイケル監督は)一体どこでああいうスタイルを?

【ロダンのドローイング、日本の禅画】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
子どもの頃たぶん12歳くらいだったと思うんですけれど、
実は私の母親がアーティストだったんですね。
彼女は美学校を出ていて、そして私たち息子に
特別に絵を教えようという、そういったことを
強制的にさせようということはなかったんですけれども、
私たちに絵をみせたり、刺激を与えたところでは彼女の存在は
大きかったんじゃないかと思うんです。

まず最初に12歳のときに母にみせられたのが、
有名な彫刻家のロダンの絵だったんですね。
その絵というのが1本の線で
身体の輪郭を描いているものだったんですけれど、
その1本の線を描くときに、なんの躊躇もなく
最初から最後まで身体の輪郭をなぞって描いた、
その絵が大変素晴らしいと母がみせてくれたんです。
そして私もその絵を観て、それが心に残っていて、
もしかしたら自分の絵の表現方法の出発地点というのは
ここにあったのではないかという風に今思います。

あともう一つ、自分のアーティストとしてのキャリアにとって
大きな出来事がありまして、それはちょうど25歳のときに
ロンドンのアニメーションスタジオで働いていたんですが、
1冊の本と出会いました。その本というのは、
17~18世紀の日本の禅僧が描いた絵をまとめたものだったんです。
それはクリエーターとして本当に衝撃的な出会いだったんです。

というのも、もちろん禅僧と同じように真似をして模倣して
同じようなものを描きたいというそういったことではないんです。
同じ方向性でこれから自分も絵を描いていけたらいいな
という風に私はそのとき思いました。


白隠慧鶴「布袋」18世紀
「書が絵になって、空間を作っている」

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
これは白隠の絵なんですけれども、
この絵からは本当に大きなインスピレーションを受けました。

どうして大きなインスピレーションを受けたかというと、
本当に自発的に心の底から自然に湧いてきたような
そういった絵だと思うんですね。
あとは、新鮮である、
それでいて成熟である、そして簡潔なラインで描かれている。
この「成熟している」ということなんですけど、
それはそこに本当に気持ちがこもっていて、
成熟したスタイルと成熟した精神が宿っていると私は感じました。

これはもちろん西洋でいうと、先程申し上げました
ロダンの1本筆で描かれたようなライン、
それと繋がるものはあるんですけれども、
私は日本の白隠のこの絵を観て、
それをまた更に上回るなにか強さがあると感じました。

【想像力に訴えかける絵】
高畑勲:
マイケルさんの絵もそうなんだけど、実は今日のために、
空白というものを生かして、見る人の想像力に訴えかける絵を
そういうものの例としてですね、いくつか僕は出しておいたんですよ。

で、そのなかにですね、偶然なんだけど、昨日マイケルさんから初めて
いまの布袋の絵というのが「凄かったんだ」と聞きました。



「鳥獣戯画」12世紀

高畑勲:
前に遡って、これは12世紀の鳥獣戯画ですね。


雪舟「破墨山水図」15世紀
「人家あり」

高畑勲:
(先に進むスピードが)早すぎるかな(笑)。
これは雪舟ね。こういう絵でもちゃんとね、
人家が描いてあったりするんです。



長谷川等伯「松林図屏風」16世紀 (上)右隻(下)左隻

高畑勲:
これはもう、いちばん有名で、よく御存じですね。
等伯の松林図。はい次。

尾形光琳「蹴鞠布袋図」17-18世紀

高畑勲:
で、これも布袋なんですけどね。
蹴鞠をしているんですね、布袋が。
上の方に鞠が飛んでます。
これは光琳の絵です。尾形光琳。


仙厓義梵「一円相画賛」18-19世紀

高畑勲:
「これくふて茶のめ」と書いてあるんだけど、
これはまあ、ふざけていると。
江戸時代の禅坊主の仙厓という人の
絵というか、なんというか、禅画ですね。


河鍋暁斎「布袋の蝉採り図」19世紀

高畑勲:
これはですね幕末から明治にかけてですけれど、
河鍋暁斎という人のセミを採っている
やっぱり布袋の絵なんだけど(笑)。


白隠慧鶴「布袋」18世紀

高畑勲:
で、これにつながってるんですけどね。


南天棒「托鉢僧行列図」20世紀

【マイケル監督の絵】
高畑勲:
日本では余白といってるけども、
空白を生かした絵というのは当然のようにあるわけなんで、
その話をマイケルさんがなさったんですね。
(マイケル監督に向かって)追加することあります?
実はですね、時間がないらしいんで、
僕が先に言っちゃうと、線で描いてるでしょ。
日本ではもちろん、筆の線で描いてるんだけど、
マイケルさんの絵がその日本の絵と
ものすごく違うところがあると思うんです。
それに気づかれたかどうか。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット「掃除屋トム」1992
(『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)

高畑勲:
これはマイケルさんの作品の
「掃除屋トム」ってやつなんですね。
筆で描いてるようですね。で、次。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット「お坊さんと魚」1994
(『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)

高畑勲:
これはすごく面白い、
良い作品ですけれど。

「お坊さんと魚」。




マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット「岸辺のふたり」2000
(『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)

高畑勲:
ここからはさっき観た絵ですけどね。
線で描いてあるように見えるけれど、
しかし、線なんだろうか。

ついでにレタリングをちょっと見せてください。
(時間がないから)はしょって、ごめんなさいね(笑)。




高畑勲:
これ見て、気が付くでしょ。
日本ではこういう意識がないんですね。
このレタリングっていうのは、影で物を表現してるでしょ。
で、マイケルさんの絵もですね、ただの線じゃないんだ。
線そのものが影になってる。要するに、
影になっているということは、逆に光を表しているわけだけど、
そういうことで空間を作ってるんですね。

だから、(マイケル監督が)日本の影響があったとかいうことは、
空白を生かすということについてはその通りなんだろうけれど、
すごいやっぱり西洋的なんだろうと思うんですね、マイケルさんは。
で、それを思いついたっていうね、西洋人だから当然だとは
僕は簡単に思わないんで。すごいことなんじゃないかと思って。
そこらへんのことを(マイケル監督に)ちょっと。

【マイケル監督の筆の使い方】

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
もともと筆という道具が好きだというのがあるんですけれども、
もちろん私は日本人ではないので、日本人が使うような
筆の使い方をしないというのはあると思います。
実は自分でいろいろ筆を実験的に使ってみたことがあるんですね。
そして、アニメーションを作るときに1つ気づいたのが、
筆で線をゆっくり動かすと、どうしてもその線が微動してしまって、
全体にそのモチーフが揺れてしまうという、そういった弊害があるんです。

なので、アニメーションで描かれた線というものを
ある程度コントロールするために、真っ直ぐな線、または太い線、
そういったもので、モチーフが微動していることをなるべく見ている人に
気づかれないようする、そういった微動を隠すということがありました。

さることながら、筆で線を描くことにおいて、
光と影とその美しさがとても重要だと私は思っています。

やはりこういう風に影を作ることによって、
1日の太陽の高さというものが見ている人に伝わります。
まだ朝早いときの光なのか、それとも太陽が高いときの光なのか、
そういったものを線の太さで表すことができます。

あとは、筆で作る黒い染みのようなものを単純にすごく美しいと思う
そういった気持ちもあるんですね。
あと3つ目は、下の地面のところの線が揺れ動いて、
そしてそれが人物と溶け込む、そこがまたすごく美しいんですね。

この3つの点で、このような線の使い方、
影の使い方をしているといえるのではないでしょうか。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット「岸辺のふたり」2000
(『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)

高畑勲:
これ凄いんですよね。右上の方を見てください。
町がみえるんですよ。たったこんだけの表現というかな、
非常に簡潔なもので、これだけの表現をしたのは観たことがないですね。

凄いと思うんですよ。だから、これはちょっと違うんですね。
もっと繊細なものになってて、さっきの「お坊さんと魚」という風な、
あるいはその前みたいな筆の太い細いというものを生かしたものとは
もっとそれより微妙な繊細なものをやってらっしゃるんだけど、
筆についても先程おっしゃいましたけど、
日本でも(筆の線を)痩せたり太らせたりして、
太いところと痩せたところを作り出します。
で、それは勢いを出したり、力を感じさせたり、躍動させたりするために使うけど、
(マイケル監督のように線を)光と影のようなものとして考える、
その考え方はほとんど日本にはないんですね。大幅に違うところだと思うんです。



「鳥獣戯画」12世紀

高畑勲:
で、いまここにウサギが転んでいますね。
これの背中がこう太くしてあるんですね。
これはやっぱり、いまダァッーとひっくり返ったときの
力を表しているし、実際成功していると思うんだけど、
これはまた違う使い方というものをやってる。

折角ですから用意したので是非ですね、
「お坊さんと魚」を1分ちょっとの時間ですが、映してください。

「お坊さんと魚」(一部)上映
【48:17~49:47】

高畑勲:
ほんのわずかであれなんですけど、
で、いまの動きなんですけどね、
それからそのパッと出るんでしたら、
あれを出してもらえますか。
「岸辺のふたり」のワンショットなんですけど。


「岸辺のふたり」(一部)上映
【50:06~50:23】

高畑勲:
はい。この女の子の動き。
それから、さっきのお坊さんの動き。
その本当に自分の経験ですけれど、あのね、
見飽きないんですよ。何回観ても面白い。
で、よく考えてみると、あんなこと女の子やんないですね。
あれリアルな動きじゃないと思う。
それにもかかわらず、すごく感じが出ているわけなんですよ。

だからあんなものをね、僕らの立場からすると、どうやって思いつくんだろうって。
そのあたり…変な質問ですけれど、ちょっとしてみたいですね(笑)。
見事だと思うんだけど。

【動きに魅力を与える】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
高畑さんにいろいろお世辞というか頂きまして、
少し困っておりますけれども(笑)、
実はこの動きに関して、子どもの頃、
周りに鳥とか、哺乳類にしても昆虫類にしても、
自然に囲まれていつも鳥や動物や虫を観察しながら
毎日を過ごしていたというのが一つあると思うんですね。
例えば、鳥が頭をこう動かしたり、トカゲが動いていないのに
急に動き出したり、または蜂が触角をさわったり、
そういった虫や動物の動きをいつもいつも観察していたというのが
あるかもしれません。あともう一つ、私がよくアニメーターにいう言葉なんですが、
アニメーターというのは動きを作っていくそういった過程の中で、
それは陥りがちの罠なんですけれど、ステレオタイプの動き方で
人物を動かしてしまうということがよくあるんですね。
けど私はそこで、動きに魅力を与えてあげなさい、ということを
常にアニメーターたちに言うようにしています。

それは例えば、ダンサーが一連の動きをただ単にするのではなくて、
そこになにかプラスアルファの、なにか気持ちから湧き出たものを、
込めることによってそのダンスが格別なものになる、
そういったこととちょっと似ているのではないかと思います。

【「岸辺のふたり」のラストシーン】
高畑勲:
いまのお話はアニメーターに聴かせたいですね。
日本では観察するよりアニメを見てアニメーターになるから。
だいたいそういうことが起こっていますけど。
あと…困ったな(笑)。やっぱり本質的な話をしてもらった方がいいかな。
えっとですね、予定していたことがなかなかやっぱり全部入らないので、
すいません飛ばしてしまいますけど(笑)。
さっき観た(「岸辺のふたり」の)ラストシーンはびっくりされたかもしれません。
それで「レッドタートル」って作品も人生を描いているんです。
これ(「岸辺のふたり」)も人生を描いていましたよね。
この「岸辺のふたり」のラストシーンについてお伺いしたいんですが、
要するに、一種のショックを受けるわけですよね。
あるいは一回観ただけで、まだこなれきっていない人もいるかもしれません。
大事なところは、これは日本人である我々にとっては、
意外とショッキングであるものの、
非常にすんなりとですね受け入れる事はできるんですよ。

で、それはいったいそういうマイケルさんの死生観なのかね、
というのは、正統的なキリスト教の教義からいうとはっきりおかしいですから。
しかし、日本の非常にいい加減な神も仏もなにもかも、
もうなんでもいい我々にとってはすんなりと心に入るんですね。
だから、その点ご本人のあれなのか、
それともこれを作ってるときに1つ思いついたりしたのか。

【マイケル監督の死生観】

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
こういった死生観というのは個人的な見解だと思います。
私のバックグラウンド、教育そういったものから来たものではなくて、
あくまでも個人的ものだったと思います。

私が育ったのはプロテスタントとカトリックが共存する
そういったところの地方からきているんですけれども、
子どもの頃、プロテスタントとカトリックの教育を
強制的に受けたというわけではないんですね。
けれども、若いときからそういったものを目にする
ということはもちろんありました。
私自身、若いときにある死を
間近に体験することがあったんですけれども、
そのときに自分なりに死とはなんなのかということを
理解しようという心の動きがあったわけなんです。
なので、私が自分自身で自分の言葉で
理解しようとした「死」というものがもしかしたら
死生観の根本に根付いているのでないかと思います。


【別れてまた再会する】

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
あともう1つ。いろんな本や小説、文学のなかで、
もちろん何度も繰り返されているテーマではあるんですけれども、
私自身、2人の人間が別れてそしてまた再会するという、
そういった話がとても好きなんですね。
というのも、
もちろんスピリチュアルな意味だけではなくって、
いろんな意味で私たちに強く訴えかけるテーマだと思うんです。
恋愛にしてももちろん、別れてまた出会うということはありますし、
禅文化のなかにもそういったことはあります。
なので、たぶんそれがまた、もう1つ根底にあったのではないでしょうか。

高畑勲:
ついでにですけど、周りの方っていうかな、周りの人々は
この「岸辺のふたり」のラストについて、なにか意見を
マイケルさんに言ったりしているんでしょうか。

【死を語るための教材として使っている】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
こういう仕事をしていると、本当に全く面識のない人から
突然手紙やメールを頂くことがあって、それが大変私の心を打つんですけれども、
どうやって私のメールアドレスを見つけてきたのかわからないのですが(笑)、
ときどき知らない人からメールが来ます。そういった方から頂いたメールのなかで、
例えば、小さいときに死別した肉親のことを思い出すとか、
または、病院で新人の看護師の訓練をするときに
死を語るための教材として(「岸辺のふたり」を)使っているんですよ
、とか
そういったメールを頂くことが多いんですね。
なので、世界中の人、中国とかいろんな国の人から、
そういったメールを頂くのは、本当にこの作品ならではだと思います。
あと、この作品を観て、全く死という概念を意識しない方もいました。
それはたぶん、死に対する概念が私とは全く違うのかもしれません。

【「岸辺のふたり」は我々にピッタリの作品】
高畑勲:
実はですね授業だけじゃないですけど、
(「岸辺のふたり」のラストが)死だと思わない人が
たくさんではないですが、います。
ただ日本の場合、たぶん皆さんもそうでしょうが、
死んだ人がいったいどうなるのかということについて、
僕らは平気で矛盾している。そのことを悪いと僕は全然思っていませんが。
例えば、「天国でお父さんが見てくださる」とか「さぞお喜び」とかいうのは、
死んだ人がこう見てくれているわけ、我々をね。
だから、悪いこともできないとかいう(笑)。そういうようなのもあるけど、
一方では、先に夫が死んで、「私ももうじきいきますからね」といったら、
もうすぐに会えるつもりね、そのまま死んだら(笑)。
そういう風なのがゴチャゴチャになってて、我々は非常に自由である。
と言う風に、僕は最近意識しているんです。
日本というのは悪くないんじゃないかと。
自由に自分たちの気持ちに応じて、死を考えることができるということで。
そういう点でですね、(「岸辺のふたり」の)あの子が、
あの子っておばあさんなんだけど(笑)。あの子がですよ、
若返っていってですね、どこを、どの歳で、どういう感じで、
(お父さんに)見てもらいたいか、というのがよくあらわれているでしょ。
だから、さっき言ったけど、我々にピッタリ。本当に素晴らしいと思うんです。

(マイケル監督に対して)もし、他に何かあれば。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
なにも付け加えることはございません。


『The Longing of Michael Dudok de Wit』
「ロンギング ~ メイキング・オブ・レッドタートル」
(『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)

【Longing - ロンギング】
高畑勲:
(進行の武田美樹子氏に対して)もう時間?もう終わり?
あと2つ、本当は訊きたかったんだけど、
ドンと削って、「レッドタートル」との関係で、1つだけ。
「レッドタートル」制作中にオランダのテレビ局が
「ロンギング(=思慕、切望)」というタイトルのメイキングを作ったんですね。

実に見事で感心したんですが、
しかし「ロンギング」というのは非常に大事な言葉で、
古い日本語の「恋ふ」「孤悲」はそういう意味だと思うんですよ。

「アモール」(「愛」)じゃないんですね(笑)。
「I miss you」の「you」が物であってもいいし、なんでもいいんですけど。
そのことをマイケルさんが意識しているというのは非常に大事なことであって、
マイケルさんから説明してもらいたいのですが、
是非、皆さんが「レッドタートル」をご覧になるから言いたいのですが、
「ロビンソン・クルーソー」の話というのは、「いかにしてサバイバルするか」という話でしょ。
そこに面白味を見つけるわけじゃない。
で、先に言っちゃうけど、そういうことがないんですよ、この映画(笑)。それを言いたい。
それはですね、「ないじゃないか」ということじゃなくて、「飢えてる」。
(「レッドタートル」の)主人公の男は「ロング」していて、飢えているんですね。
飢えているんだけど、なにに飢えているかといったら、
食べ物に飢えているんじゃない。もっと精神的なものだ。
要するに「人に会いたい」とか、
そういうことを表現できているんですよ。
だから、
そういう人間にとっては食べ物がなかったら、死んじゃえばそれでおしまいでしょ。
孤島に流れ着いたって、食べ物があったら、それでおしまいだし。
それはそれでいいんだろうって(笑)。
もしあれだったら、なんとかして暮らしていくことができるっていう。
例えば、日本に鳥島って島があるでしょ。
漂着して、あそこで十何年暮らしている人がいるんですよ
食べ物さえ見つかれば、食っていけるんですね。そこは大事なことじゃない。
でも、もちろん、サバイバル物は面白い。
面白いけど、(「レッドタートル」は)そこに重点があるんじゃないということは、
是非こういう機会だから言っ…ちょっと言ってはいけなかったかもしれないけど、
僕は言いたかった(笑)。というのはそこを探して、
「ないじゃないか」と言われることがいちばん心外…僕が心外というより、
マイケルさんが心外だろうと思うので(笑)。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
付け加えることがないほど、いま美しいお言葉を聴けて嬉しいです。
「ロンギング」というのは、本当にとても大事な感情だと思います。

【質疑応答】
質問者A:
短編の映画では表現したいものを圧縮して表現すれば、
短時間なので人は観てくれると思うんですね。
付いていってくれると思うんですけど。
長編になるとやっぱり表現したいもの以外でも
気にしないといけないものがたくさんあるかと思います。
ちゃんと人が付いてきているか、エンターテイメント的に大丈夫なのか、
そういったものを今回長編を初めて作って、それにどういう風に挑みましたか。


【本質を離れずにいながら自由でいる】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
それはまさしく短編から長編を作るときに、
自分がブチ当たった壁のひとつだったと思います。

というのも、やはり長編となりますと、最後まで
お客さんがちゃんとストーリーを飽きずに観てほしい
という気持ちがどうしても現われてくるんですよね。
ストーリーが心から離れてしまうというのは、
エンターテイメント、娯楽の映画ということではそれは成立しないと思いました。

なので、詳しくはちょっと内容に触れるので言えないんですけれども、
最初、主人公はひとつのことをやってみよう、それができない、
もう一回やってみよう、できない、ということを繰り返すんですね。
こういった場面というのは、一種のサスペンスがあるので、
お客さんが観ていて、「ああどうなるんだろう」っていう風に、次を期待して観るので、
集中力がまだ保てるんです。けれども、そのあと、今度は
みんな幸せというシーンがあるんですね。
これはもちろん、エンディングが幸せというわけではなくて、途中経過として
みんなが幸せというときが来るんですけれども、その間、
実は幸せなのは少しだけ観るのはお客さんっていうのはいいんですけれど、
幸せな時間というのが続くと、「じゃあ次どうなるの?」
みたいな風に、その状況に飽きてしまうということがどうしても起きてしまうんです。

なので、こういったさじ加減というのは、高畑さん、鈴木さん、
長編の経験が豊富にある、いろんなスタッフの人に聞きました。
特に、編集のセリーヌという女性がいたんですが彼女の意見や、
周りのアニメーター、共同脚本家の女性に聞いて、作っていったわけです。
いちばん大事なのは本質を離れないということです。
本質を離れずにいながらも自由でいること。
少しは右回り左回り右往左往することはあるかもしれませんけれども、
本質を忘れずにいることが大事です。

また音楽というのも、とても助けになるんですね。
もちろん、音楽がすべてを解決するわけではないんですけど、
部分部分解決してくれるというのはひとつ言えるかと思います。
けど、もちろんやっぱりいちばん大事なのはストーリーだと思うんです。

質問者B:
今回、作品を拝見させて頂いて、
高畑監督やフレデリック・バック監督の作風にすごく似ている、
いわゆる空間を使うって部分似ているなぁと思ったんですけど、
「レッドタートル」という映画を観るにあたって、
マイケル監督のオリジナルの作風というのは、
どんなところを観ればいいのかなっていうのがひとつ。
もうひとつが「レッドタートル」を観ながら飲むのにいちばん適した
フランスワインを教えてもらいたいなと思います。


【アングレームのワイン】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
面白い質問ありがとうございます。
今回の作品を作るにあたって、
アニメーター1人1人とても個性の強い人が集まって、
本当に多様性のなかでいろいろな個性を
束ねていかないといけないというのが、ひとつ難しかったですね。
いろんな個性がいるなかで、作品にひとつのスタイルというものを
ちゃんと定着させなくてはいけない。

バラバラになってしまわないように束ねないといけない。
そこがとても難しかったと思うんですけれども、
それはやはり何年も何年も一緒に仕事をしていく内に、
皆とコミュニケーションを綿密に取る内に、
少しずつ解消していく問題だったのではないかと思います。
私がアニメーターまたは他のスタッフにいつも言っていたことは、
「君が今やった作業というのはとても美しい。けども、
この方向はちょっと違っていて、こうしてみたら?」
ということを常に言って、スタイルがひとつこう具体化していく

それをステップ・バイ・ステップで一歩ずつみんなで
力を合わせて作っていったというのが大きいのかなと思います。
実はこの作品、制作の大部分をアングレームという
フランスの南西部にある町で作ったんですけれども、
ここのワインがピノーとシャランド、両方混ぜたワインなんですね。
なので、アングレームのワインを是非飲みながら観て頂けたら嬉しいです。


質問者C:
今日は貴重なお話ありがとうございます。
マイケル監督の「岸辺のふたり」を観て以来、
あなたの大ファンです。
今まであなたの作品を全部観させて頂いて、
コマーシャル作品も観てるんですけれども、
お訊きしたいのが、「岸辺のふたり」を撮ったあとに作った
「アロマ・オブ・ティー」(2006)の作品について。

(※『レッドタートル ある島の物語/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集』収録)
何度も観たんですけども、あの作品については
ちょっと情報がわからなくて、どういう内容なのか、
あれが花粉なのかなんなのかとか、
作品についてお話をお聞きできたらなと思います。

【濃いお茶】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
素晴らしいコメントありがとうございます。
実は「アロマ・オブ・ティー」という作品に関しては、
ちょっとあまり詳しくお話ができません。

この作品は実験的でストーリーも半分あって
半分ないような、そういった展開になっています。
ひとつ言えるのは、この作品のなかで
黒い墨のように見えるその部分というのは、
実は濃いお茶を作って、それを筆に滴らせて描いています。

そのお茶が濃いことによって、特殊な質感が現れたということが
今日言えるところです。

【レッドタートル ある島の物語】
高畑勲:
映画というのは娯楽なんですけど、
バンバンこちらに押し寄せてきてですね、座っているだけで十分翻弄されて、
面白かったり泣けたりするという映画が多いんだけど、
それに対して、これはやっぱり見つめる映画だと思うんですよ。
滋味あふれるという言葉があるけど、ジワーとやってくるものが大きくて、
なかなか日本なんかでは作れないような
良い映画が出来たんじゃないか
と私としては思っていて、
是非みなさんに観て頂きたいし、とまぁ思っていますけど。よろしくお願いします!

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
高畑さんがいますべて仰ってくださいましたけど、
私からあえて申し上げたいことがひとつあります。
この作品は実は合理的な論理的な思考で作ったわけではなくて、
直感的に作ったというのが根底にあると思います。

なので、この作品を観るときに身を委ねて、
音楽を聴くように、音楽を聴くときというのは
「この楽器はなんだ。どういう意味があるのか」と
考えて音楽を聴かないと思うんですね。だから、
音楽を聴くように、あまり深く物事を考えないで
作品に身を委ねて、観て頂けたら嬉しいなと思います。


【作家性の尊重】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットは短編アニメの監督として、
1990年代からすでに世界的に高い評価を受けてきた。
代表作『岸辺のふたり』(2000年)は米アカデミー賞をはじめ数々の栄冠に輝いている。
60歳を過ぎて今回の『レッドタートル』が初の長編作品になったとはやや意外だ。
それまで長編にはほとんど関心がなかったという。
「何人かの友だちが、素晴らしい話をもらって
カリフォルニアに旅立ち、プロデューサーに企画を改変されて、
がっかりして帰ってきた。でもジブリは違った」。

長編に挑戦する気になったのは、敬愛するスタジオジブリに
「監督の意思を全面的に尊重する」と話を持ちかけられたからだ。
(ニッポンドットコムおすすめ映画 レッドタートル ある島の物語)

ジブリとの共同製作は初めてだったが、勇気をもらったという。
「仲間のクリエーターには支援がなくて
思うような作品を作れない者も多い。
ジブリはクリエーターの作家性を尊重し、
作りたいものを作れるよう後押ししてくれた。
私にとって初の長編アニメはビッグプロジェクトで、
ジブリのサポートなしには不可能だった」
と(マイケル監督は)感謝する。
(Interview ドゥ・ヴィット(アニメ映画監督)ジブリに勇気もらった)

【スタジオジブリの協力】
鈴木敏夫:
『岸辺のふたり』を観たあとに、
まずは(マイケル監督と)交流が始まりました。
その中で、ふと思いついて、
長編を作りませんかと話したんです。マイケルからは、
「自分はこれまで短編しか作っていないから、長編の作り方がわからない。
スタジオジブリの協力が得られるのなら考えたい」
という
返事をいただきました。それが2006年のことです。
ジブリの協力をということで、
僕はすぐ、高畑さんが適任だと思いました。
高畑さんとマイケルはすでに親しかったこともあり、
二つ返事で協力してくれることになりましたね。

(『レッドタートル ある島の物語』監督&鈴木敏夫プロデューサー対談)

【ワイルドバンチの協力】
ワイルドバンチ(フランスの映画製作兼配給会社)という
会社があってそこのヴァンさんに協力してもらいました。
創作はマイケルと協力してジブリの方でやって、
実際の作業はフランスの方でやるということを大きな条件として、

ヴァンさんの力を借りながら、
マイケルとのいろんなコミュニケーションをふまえてここにたどりつきました。
実際は2006年10月に30年来の友人のヴァンさんと約束し、
その後どういうものをつくるのか、どういうスタッフでつくるのか、
予算はどうするのか、いろいろな問題がありました。
それをクリアするなかで、実際の作業は今考えると3年間、
今年(2016年)の3月がその完成の日だったと思います。
10年という歳月をかけて最後まで彼(マイケル監督)はがんばってくれました。
(「レッドタートル ある島の物語」完成報告会見・舞台挨拶)

【スタジオジブリとの意見交換】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
2004年に広島国際アニメーションフェスティバルの
国際審査員の一員として日本へ行きました。
その時にスタジオジブリを訪問し
高畑勲監督、鈴木プロデューサーとお会いしました。
今回お話をいただいた際、長編アニメーション制作に関して
高畑監督とスタジオジブリの協力が条件だとお願いしました。
シナリオ作りにはじまり、ライカリール、効果音、音楽に至るまで、
高畑監督をはじめ、ジブリのスタッフと意見交換しました。

スタジオジブリとの意見交換は素晴らしい経験でした。
その間、手紙やメールのやりとりを重ねましたが、
何かを強制されることもなく、常に私の意見を尊重してくれました。

(「マイケル監督インタビュー」『レッドタートル ある島の物語』映画パンフレット)

高畑勲:
私たちジブリスタジオのメンバーは、マイケルから送られてくる
脚本やライカリールをその都度いっしょに鑑賞し、
意見を出し合いました。そして、スタジオジブリとしての意見、
すなわちマイケルへの返事の日本語草案を、私が作りました。
私の立場は以下のようなものです。
私は作り手の一人です。作品の内容・表現については
あくまでも監督の考えどおりに作るべきだと考えてきました。
そして実際、幸運にも、私はそれを貫かせてもらってきました。
ですから、長年その恩恵に浴してきた人間として、
当然マイケルもその特権を享受すべきだと思いました。

ですから私は、もしどうしても意見を述べなければならないとしたら、
とことんマイケルに寄り添い、マイケルの立場に立って考えたいと思いました。
送られてきた脚本を熟読し、ライカリールを熟視し、
マイケルの意図が何かを的確につかむことに最大限の努力を傾け、
マイケルを理解しようとしました。その段階で、感嘆したこと、
いいと思ったこと、理解したことは率直に伝え、彼を励ましました。

(「高畑勲インタビュー」『レッドタートル ある島の物語』映画パンフレット)

【ストーリー開発】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
なぜ10年もかかったのかというと 実際の制作期間は3年ですが、
その中でスタジオでアニメーターたちと共同作業をする前に、
ストーリーを開発して固めないといけません。

制作に入ってから変更があれば、コストや時間に無駄が出てしまうので、
まず物語を完成させないといけなかったんです。
あらすじを書くのは数カ月で済んだけれど、
絵コンテを書いてライカリールを描く作業で、
何千枚もの絵コンテを描いていくのは私にとって初めてのことでした。

そこで描いた時にいいアイディアと思っても、
実際に絵コンテをつなげてみると成立していないこともあったりしました。
基本、強い作品ができたと感じていましたが、
課題が残って、どう解決したらいいかわからない部分もいくつかありました。
「どう組み直したら観客を引き込めることができるか?」そういったことを考えました。
(外国特派員協会「レッドタートル ある島の物語」記者会見)

【長編では抑揚の付け方が難しかった】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
短編を作るとき、私は始めに使用する曲を決め、
その曲のリズムに合わせて作品を作っていく。
でも長編ではその手法が使えないので、抑揚の付け方が難しかった。

また、大勢のスタッフにさまざまなことを質問され、
さまざまな決断を下さないといけないのも大変でしたね。
(【ジブリ初の外国人監督】『レッドタートル ある島の物語』)

【マイケル一家の物語】
鈴木敏夫:
マイケル監督がその(「レッドタートル」の)台本、シナリオ、ストーリーフォトなど、
途中までできたものをどんどん送ってくれたんです。で、高畑監督を中心に、
日本側のスタッフ7~8人でいろんな意見を出して話をしたんですけれど、
「これはマイケルの一家の話だね」って、
誰かが言いだしたんです。みんなそれに対して非常に納得しました。
マイケルが自分の奥さんに対してどういう考えで、どういう態度で接しているか、
全部わかる映画だねって(笑)。そういう話をしていました。


マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
確かに男と女が出会って幸せに生きるというのは、
私の人生だったと思います。
二人は恋に落ちる、私もそうだったんですね。
きっと皆さんもそういう経験があると思います。
あとこれは、アニメーターの悪いクセなんですが、
私の作品の登場人物の男の子の絵を見ると、
「あーマイケルの息子に似ているね」ってよく言われるんです。
そして登場人物の男性もマイケルに似ているとよく言われます。

これは、アニメーターの悪いクセで人物を描く時に自分になぜか似せてしまうんですよね。
(「レッドタートル ある島の物語」完成報告会見・舞台挨拶)

鈴木敏夫:
マイケルが宣伝のために日本に来たとき、キャンペーンが終わった後に、
いろいろ協力してくれたから、ご苦労様も兼ねて、マイケルの家族と共に、
高畑さん推薦の裏磐梯に行ったんです。
そしたら、「日本にこんな美しいところがあるんだ」と、
マイケルの家族がみんな喜んでくれたんです。
奥様が「ここはスイスですね」と言って、それぐらいキレイでしたね。
それはいいんだけれど、皆さん、マイケル監督の顔ってわかります?
平たく言うと、いい男なんです。奥様も麗しい方で、
娘さんと息子がいたんだけれど、映画と違って、本当は4人家族なんですけれど、
これがビックリするぐらい美男美女なんです。

なんでこんな家族が生まれちゃったんだろうって思いました。
全員、男はいい男だし、女はいい女。
たった1泊2日だったんだけれど、彼らを見ていたら
「レッドタートル ある島の物語」って
自分の家族をモデルに描いた作品なんだなと思い知らされました。

(スタジオジブリの今と、ジブリの仲間たち - LINE LIVE)


【絵本】『レッドタートル ある島の物語』
<原作>マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット <構成・文>池澤夏樹


【亀の甲羅と男の筏】
鈴木敏夫:
これはいろいろと議論があったシーンなんですよ。
簡単にいうと、(「レッドタートル」作中で)女性が甲羅を流す。
出来上がった映画は「あとで男が筏を流す」、
こうなってるけど、マイケルはね、「同時がいい」と言い出した。

じゃあ、同時だとどういう意味になるんだろうってことになる。
最初はね、ほとんど間を置かず、「甲羅を流すと筏をすぐ流す」
そこにもっと間があった方がいいじゃないかとか、
僕らの日本サイドでもいろいろ検討したんですよ。
挙げ句の果てはね、ある女性がこう言い出したんですよ。
「筏に乗って、2人で文明の国を目指せばいいのに」って(笑)。
振り返ると、この映画のなかに出てくる、
あの女性は明らかに彼女(マイケル監督の妻)がモデル、
そして主人公の男はマイケル、と考えると全部わかりやすくて。

それを個別の特殊なものじゃなくて、普遍的なものにしているってのが、
たぶん彼の力なんでしょうけどね。
さっきの甲羅にこだわったのはね、
どっちが先にプロポーズをしたんだろうって。

明らかに彼女ですよね。慌てて筏を流すのはマイケルだから。
それによってYESでしょ。2人が一緒になるわけです。
(スタジオジブリの今と、ジブリの仲間たち - LINE LIVE)

鈴木敏夫:
僕はあのシーンが好きだったんだけど、
“あなたはどこかへ行きたいかもしれないけど、私はここに踏みとどまるわよ”
という意思表明で、これは女からのプロポーズでしょ、
これはいいじゃないですか(笑)。

男はそれに従うわけでしょ。現実はみんなああでしょ。
世の中の男女は大概、女性の方が主導権を握っている。
それをそのまま描いてるんですよ
(スタジオジブリ鈴木敏夫「尊重したほうが面白いもの」)

【竹林】
記者:
スタジオジブリ作品に関しても、もともとお好きだったとうかがいました。
『レッドタートル』と同時期に、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が制作されましたが、
ヴィット監督は作品をどうご覧になりましたか?

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
もう……大好きな作品です。特に最後のシーン。
高畑さんの作品なので、見る前から絶対に好きだとわかっていました。
制作中に絵や資料を見たりすることはありませんでしたが、
完成した作品を見ると、竹がたくさん出てきますよね。
『レッドタートル』でもかなり出てくるので、かぶっちゃったな……と思いました。
高畑さんに「大丈夫ですか?」と聞いたら、
「扱い方が全然ちがうから気にしなくていいよ」と
言ってくださったのが印象的でしたね(笑)。

(『レッドタートル ある島の物語』監督&鈴木敏夫プロデューサー対談)

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
僕はアニメーションの先生もやっているんですけれど、
学生たちに教えるとき、「リサーチは楽しくプラスなことだ」と教えています。
想像の中から「こういうものがいい」と決めても、実際のリサーチで動きを観察すると、
予想できなかったことがプラスされることがあります。
例えば、島の竹林はどうやって思いついたか?普通は無人島だと
バカンスのチラシとかパンフレットにあるヤシの木がスタンダードですよね?
でも、この作品ではそういう典型的なイメージから離れたものを作りたくて、
それなら竹藪を使ったら効果的なんじゃないかと思ったんです。

実際、無人島で食べ物を調達しないといけないという点で、
少しはヤシの木も必要でしたが(笑)。
竹林に関しては、京都、日本の南部、
そしてフランスの竹林をモデルにしています。

(外国特派員協会「レッドタートル ある島の物語」記者会見)

【高畑勲の助言】

実はカンヌ国際映画祭出品のために
本年(2016年)3月には完成しており、
日仏同時公開を計画していたという。結果的に、
フランス、ベルギー、オランダ等のヨーロッパでの公開が先行し、
日本は秋(2016年9月17日)公開の運びとなった。
さらには、敬愛する高畑勲監督がアーティスティック・プロデューサーに就き、
「あくまでも君の映画だから」や「メインテーマと同じぐらいディティールは大事」だと
折に触れ助言を受けたことも貴重な体験であったと(マイケル監督は)話す。
そして高畑Pからは「すごくいいシーンなのになぜ削ったのか?」と
男女が月夜に草原を歩くシーン、俯瞰の浮遊シーンについて再考を促されたそう。

監督自身「2つともお気に入りのシーンだったし出来栄えも良かったのに、
なぜだかあのときは削ってしまった。自分でも理由がわからない(笑)。
すぐに戻しました。戻して良かった」と明かした。
(『レッドタートル』監督と鈴木敏夫Pの制作秘話)

【地球そのものが生き物】
記者:
(東日本大震災の津波被害が起こって、「レッドタートル」作中の)
津波のシーンを削ることも考えたのでしょうか。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
私から「やはり津波のシーンを取り除いた方がいいのではないか」と
提案しましたが、ジブリからの答えはこうでした。
「津波を軽々しく描いているわけではない。
大きな存在、自然の脅威として描いているのだから、
それは映画の中でしっかり見せるべきだと思います」と。
日本の方にそう言っていただいたので、シナリオを変更せず
オリジナルのまま進めることになりました。
その後、
今(2016年9月)ちょうど六本木ヒルズで行われている
「スタジオジブリ大博覧会」のスタッフの方に、
東北出身の方がいました。彼のおじさんが津波にさらわれて、
父親と一緒に探したけれど6ヶ月後に遺体となって発見されたそうです。
『レッドタートル』を観た彼に、
「津波から逃げてはいけない。津波と向き合うことが大事だと思いました」
という感想をもらいました。それを聞いて私も安心できましたね。

鈴木敏夫:
僕らも過去に似たような経験をしています。
『崖の上のポニョ』には洪水のシーンが出てくるし、
『風立ちぬ』では関東大地震を描きました。
『風立ちぬ』は東日本大震災があった頃にちょうど作っていたけれど、
僕らは地震のシーンをなくすべきではないと考えたんです。
自然というのは美しいだけじゃなく、恐ろしい面もある。
それも丸ごと描くべきじゃないかという考えが、ずっと僕らの中にあるんですよ。
僕は、地球そのものが生き物だと思っているし、
『レッドタートル』でもそれを描かないといけないと思ったんです。

(「レッドタートル ある島の物語」マイケル監督×鈴木敏夫インタビュー)

【「レッドタートル」のラストシーン】

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
この作品のラストに関して、
感動的ではあるが非常に静かでシンプルなエンディングを求めていました。
過剰に劇的ではなく、自然にスーッと入ってくるものがほしかったんです。

直感で感じたものが正しいと信じてそのまま作って大成功…という
流れになれば簡単ですが、長編映画はそんなに簡単ではありません(苦笑)。
それが何万人もの観客にどれくらい伝わるかを考えないといけないので、
絵コンテの段階から、いろんな人に見てもらい、反応を確かめました。
その過程でジブリの方々が観て「伝わっている」と確信につながったし、
ワイルドバンチのプロデューサーにも観てもらいました。
制作段階では、アニメーションスタッフも加わります。
こちらから「どう思う?」と聞いても答えがちゃんと戻ってこないことも多いけれど、
コメントや反応から察したりして作り上げていく次第に
「このエンディングで正しい」と確信しました。

(外国特派員協会「レッドタートル ある島の物語」記者会見)

鈴木敏夫:
ラストのラストのシーン。
実は僕らが知らない間に作られちゃったんですよ。
「えっ!?」ってなりました。シナリオにないし、
ストーリーボードにもないシーンでした。

僕らは完成した映画を観て、「付け加えやがったな」って思いました(笑)。
(スタジオジブリの今と、ジブリの仲間たち - LINE LIVE)

『レッドタートル ある島の物語』映画全体の尺は81分と決まっていた。
映画本編ラスト7分を入れるため、それより前の所から7分間分削った。
(週刊文春「阿川佐和子のこの人に会いたい M・デュドク・ドゥ・ヴィット」)

【セリフ、叫び声、咳、呼吸】
記者:
『レッドタートル』にはセリフがありませんが、
制作過程の途中までは少しだけあったと伺いました。
セリフをなくした理由について教えてください。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
セリフを完全になくすまでには、いくつものプロセスがありました。
いくつかのシーンではどうしてもセリフによる説明がないと
ストーリーが理解しにくいと思える箇所があったので、
最初は少しだけセリフが必要だと思っていたんです。
もうひとつ、登場するキャラクターたちが「人間である」ことを証明するためにも、
しゃべることは必要だと思っていました。
それら2つの理由から、当初はセリフを入れていたんです。

ですが、自分たちスタッフで声を入れて
アニマティック(註:動く絵コンテ)を作ってみると……
何かしっくりこなかったんです。はじめは、プロの声優さんではなく
自分たちで吹き込んだから違和感があるんだと思いました。
でもジブリさんに映像を送ると、
「セリフがないほうが良いのでは?」とお返事をいただいたんです。
それまでセリフを書き直したり、量を増減させたりと、
いろいろな試行錯誤を重ねていましたが、
実はどのバージョンもしっくりきませんでした。そんな中、
「セリフを全部なくしても、お客さんはわかるはず」と
おっしゃっていただけたので、自分としては本当にスッキリしました。


記者:
セリフの有無について、ジブリ内ではどのような話し合いがあったのでしょうか?

鈴木敏夫:
基本的に高畑さんは、「マイケルがやろうとすることを手助けする」
というスタンスを頑なに守っていました。
セリフを残すか無くすかという話でも、それはマイケルが決めることだと。
あくまでマイケルの意図を尊重して、
あくまでそれを実現するための助言を出していました。
僕はプロデューサーなのでまた違う立場ですけれど、
セリフを無くすことには賛成しました。

セリフ無しで見た時と、セリフありで見た時とで、自分の中で違う反応が生まれたんです。
この作品そのものがある種“詩的”ですが、
セリフをしゃべった時に、自分が現実に戻ったように感じたんですよ。
僕が一番、セリフを無くそうと主張していたかもしれません。

できあがった作品を見た時も、サウンドエフェクトをもう少し減らしてもいいんじゃないか、
“無音”にしても良いんじゃないかと思ったくらいでした(笑)。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
3年がかりの現場だったので、途中でたくさんのスタッフが入れ替わりましたが、
新しく入ったスタッフにフィルムを見せると、
彼らはセリフがないことに気づきませんでした。
言われて初めて「あれ?セリフなかったっけ?」という反応をしたんです。
本当にセリフがなくても、みんな自然にそのシーンを見ているんだと
確証を得られました。セリフを無くしたのは間違いではなかったと確信しました。

咳や叫び声などは入れていますが、実はそれに加えて、
声優さんには最初から最後まで映画に合わせた“呼吸”をしてもらっています。
呼吸の音は、走った後ではよく聴こえるし、
逆にまったく聴こえないシーンもあります。

これはやってみて気づいたのですが、呼吸を人物の絵に合わせることで、
その人物が何かを伝えたいんだということがわかるんです。
呼吸はある種、心の中を言葉の代わりに表現していて、
伝わるものがあるのではないかと感じました。

(『レッドタートル ある島の物語』監督&鈴木敏夫プロデューサー対談)

【マイケル監督の心残り】
スタジオジブリ初の海外共同作品、そして初の長編アニメーション挑戦と、
二つのプレッシャーと闘い続けたヴィット監督は
「わたしには大きすぎるプロジェクトでしたが、
ジブリの皆さんは、いつも心の支えになってくれました」と感謝しきり。
ただ1点、心残りがあるとすれば、高畑との関係性だと振り返る。
「わたしの仕事を尊重するあまり、
高畑さんは踏み入った意見を控えているようだった。
ただ、わたしにとって高畑さんは憧れの存在。
もっともっと厳しい意見を言ってほしかった」と吐露していた。

(『レッドタートル』はジブリっぽい?ぽくない?そもそもジブリらしさって何だ)

【子どもの出産シーンは描くべきだった】
宮崎駿は「レッドタートル」を途中から40分だけ鑑賞。
「アニメーションの芝居の上手さには感心したが、
子どもの出産シーンはしっかり描くべきだった」と感想を述べる。

(週刊女性セブン「宮さんはなぜ『レッドタートル』を褒めなかったのか」)

ジブリの大博覧会 独占LIVE全部見せちゃう!?SP - LINE LIVE

谷川俊太郎「レッドタートルに寄せて」

ポール・ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

【ジブリ機関紙『熱風』2009年8月号「ゴーギャン」特集】
 それにしても、やはり疑問は残る。
ゴーギャンがタヒチの男ではなくて、女たちにこそ魅せられたのだから、
彼の夢見る“楽園”の絵に男がいないのは仕方がないかもしれない。だが、
「我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?」と、
人間の生死や人類の来し方・行く末を問うときにさえ、
カギを握るのは、やはり女たちだけなのか。
 唐突ですが、私もじつはそう考えているのです。
男女平等に近づいた現代、本来女性がもっている強さ、
現実適応力の大きさに目を見はっている男性は私だけではないはずです。
タヒチの女同様、みんなふてぶてしく自立しています。
少なくとも、自立しようとしています。
男性しか持たないY染色体の深刻な損傷度や、
精子の憂慮すべき減少を持ち出すまでもなく、
「元始、太陽であった」女性をうまく抑圧・制御してきたはずの
男性が、権力を失ったとたん、平凡な日常の中ではなすすべもなく、
ただ闘争的な“楽園”をヴァ―チュアルに夢見つつ立ちすくんでいる……。
ニューギニアとはちがい、ゴーギャンが目指したタヒチは部族戦争もなく、
権力はすでにフランスに奪われていました。
そしてじつは、『ノアノア』の中で、
ゴーギャンはタヒチの「野蛮人」間の「両性の差異の減少」について
考察しているのです。そういえば、
絵の中央に立つ唯一の男もどこか性別があいまいでした。
 「この裸体民族に於いては、我々の民族とは異なり、
恰度動物界と同じやうに両性の差異がはっきりしてゐないのだ。
我々は、女性を働かせずに、即ち彼女等の啓発される
機会を与へずに、女性は弱い者だと力説してゐる。そして、
理想主義的な虚言家にだまされて、女性を繊細なものだと決めて了ってゐる。
 タヒチに於いては、太陽の光線が、男女両性へ同じやうに光を投げかける。
(…)女達は、男と同じ仕事をやる。男達は、女達に対して呑気なものだ。
だから、女達には、男性的な処があり、男達には、女性的な処がある。
この両性の近似は、彼等の関係を安易にする。」(前川堅市訳)
 まるで現代を語っているような気がしないでしょうか。
こうなれば、生む性でもある女性のほうが、
人間の生死にとっても、これからの人類の歴史にとっても、
より重要なことは明らかではありませんか。
カギを握るのは、やはり、どうやら女たちで、男ではなさそうです。
(高畑勲「カギを握るのは、やはり、どうやら女たち。」)

【ポニョ・かぐや姫・レッドタートル】

宮崎駿監督作品『崖の上のポニョ』(2008)、高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』(2013)
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督作品『レッドタートル ある島の物語』(2016)

【異類婚姻譚】
不思議な妻はヒトではない、
と書くことまでは許されるか。
つまり、この映画の主題は異類婚姻譚だ。
(「池澤夏樹寄稿文」『レッドタートル ある島の物語』映画パンフレット)

【なぜ、カメなのか?】
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:
この物語は、
広大な海に存在する生き物を必要としていて、
本能的に浮かびました。
巨大なウミガメだ、と。
魅惑的な神秘を兼ね備えたキャラクターが必要でした。

カメの特性を挙げるとすれば、相手を思いやるやさしさ。平和的。
魚と違って、手(前足)と足(後ろ足)があり、陸にあがることができ、
どこか人間的でもあります。
一方で、古代から存在する孤独な生き物で、
時には長い距離を旅し、永遠に生きているような気もするので
人間の対極の存在でもある“不死”のイメージもあると思います。
ビジュアル的にもウミガメはとてつもなく美しい生き物で、
アニメーション作品で強く印象に残るキャラクターだと思います。

(『レッドタートル ある島の物語』映画パンフレット)

【三鷹の森ジブリ美術館 2階北側廊下】
「レッドタートル ある島の物語」展
2016年8月24日(水)~10月31日(月)

マイケル監督から宮崎駿監督に贈られた
『Father and Daughter』の絵 (署名:2004年8月)も展示。

【三鷹ネットワーク大学】
アニメーション文化講座
傑作アニメーションを、とことん味わおう#1
「岸辺のふたり」「くもとちゅうりっぷ」
講師:高畑勲(アニメーション映画監督)
2016年10月7日・14日・21日・28日(金)


【「岸辺のふたり」の本を書きたい】
高畑勲:
学生を対象に、この作品(『岸辺のふたり』)だけを取り上げて、
一時間半から三時間ぐらいかけての授業を私は何度も行いました。
私はこの作品について、ユーリ・ノルシュテインの『話の話』と同様
一冊の書物を書きたいと思っています。

(「高畑勲インタビュー」『レッドタートル ある島の物語』映画パンフレット)

『レッドタートル公開記念対談SP 池澤夏樹氏×マイケル監督』LINE LIVEまとめ
『レッドタートル ある島の物語』全予告全集(+本編映像)

すみだ水族館とジブリ作品「レッドタートル」がコラボ!
ジブリ新作に赤トトロ!
スタジオジブリ初の試み“総選挙”と“共同制作”
映画『レッドタートル』鈴木敏夫プロデューサー第89回米国アカデミー賞記者懇談会
鈴木敏夫のジブリ汗まみれ - ゲスト:松井玲奈さん
『レッドタートル ある島の物語』は"人生そのもの”を提示する
スタジオジブリとオスカー監督による、詩情と哲学と奇跡が詰まった大人のアニメ
ジブリ新作、津波シーンを残したワケ
10年越し企画『レッドタートル ある島の物語』
私とは何者か ジブリ最新作「レッドタートルある島の物語」
東宝『レッドタートル ある島の物語』、ジブリ鈴木Pら
ジブリはこれからどうなる?鈴木Pが語る未来像
「レッドタートル ある島の物語」講演会付き試写会
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ジブリ新作『レッドタートル』がカンヌで特別賞!
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スタジオジブリ協力の「The Red Turtle」制作過程をアヌシーで明かす

【スタジオジブリ】新作ショートアニメーション2016【近藤勝也】
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『キリク 男と女』3D特別上映&ミッシェル・オスロ×高畑勲トークイベント
高畑勲講演会レポート「映画を作りながら考えたこと」@東京学芸大学
【『やぶにらみの暴君』】『王と鳥』回顧録【日本劇場公開から60年】
『風立ちぬ』【補遺】資料室
【スタジオジブリの教養】鈴木敏夫を宮崎駿につなげた232冊+α
杉浦茂『猿飛佐助』と宮崎駿『崖の上のポニョ』
宮崎駿の原点&バトンの継承 三鷹の森ジブリ美術館「挿絵が僕らにくれたもの」展
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット初めての長編映画の製作にスタジオジブリが参加


theme : スタジオジブリ
genre : 映画

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【松永天馬】アーバンギャルド『くちびるデモクラシー』【浜崎容子】

(2015年10月31日のツイート)

「昭和九十年」
『くちびるデモクラシー』
アーバンギャルド
作詞:松永天馬
作曲:浜崎容子



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風が吹く。アルカス大橋さんの挑戦再び!カプロニ伯爵のCa.48旅客機ラジコン化プロジェクト


【宮崎駿長編映画引退作の原作漫画単行本】
『風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック』


アルカスワールド:風立ちぬ単行本】2015-10-08
風立ちぬの単行本が大日本絵画「吉祥寺の怪人」さんより送られてきました」

宮崎駿『風立ちぬ』連載記念企画
「九試単戦ラジコン化プロジェクト」(2009)



RC「三菱 九試単座戦闘機」(製作:アルカス大橋)

アルカス大橋さんの挑戦
宮崎駿『風立ちぬ』映画化記念企画
「カプロニ伯爵のデッカイ飛行機ラジコン化プロジェクト」(2011-2012)


RC「Caproni Ca.3」(製作:アルカス大橋)

RC「Caproni Ca.60」(製作:アルカス大橋)


“Caproni Ca.48”
宮崎駿『風立ちぬ 妄想カムバック』第1話
月刊モデルグラフィックス2009年4月号

アルカスワールド:カプロニーCa-3改造】2015-10-10
「漫画「風立ちぬ」の冒頭に出てくる
三葉旅客機カプロニーCa-48を製作したい!
と思うが・・・大変なことになる・・・そのパワーは無い・・・
それで現在、天井にぶら下がっている
カプロニーCa-3をチョコチョコッと改造して
機首部分に客室を装備して飛ばしてみることにしました」

アルカスワールド:カプロニーCa-3改造旅客機】2015-10-11

アルカスワールド:カプロニーCa-48作図】2015-10-13
「カプロニーCa-48を車に入るサイズで作図してみました。 
Ca3と同じ全長です。翼は三葉でかなり大きい・・・・う~ん ・・・・です」

アルカスワールド:カプロニーCa-3旅客機 初飛行】2015-10-14
アルカスワールド:Ca-3改造旅客機テストフライト 2015-10-15
アルカスワールド:今月の作品(2015/10/28)】2015-10-28
「カプロニーCa3重爆撃機をRC模型で製作し飛行しました。
今度はそれを旅客機に改造して飛行しました。
複葉三発は支柱と張線が多く、それをRC模型で飛ばすのは多くの困難があります」


「カプロニーCa3 改 旅客機」(製作:アルカス大橋)

アルカスワールド:カプロニーCa-48m製作進行中】2015-11-06
「Ca3m改造旅客機が意外に良く飛んだので、Ca-48mの製作を進めています。
九葉八発のCa60に比べたら簡単ですが、翼組はやっぱり超大変で難航しています」

アルカスワールド:カプロニーCa-48m生地完成】2015-11-10
アルカスワールド:カプロニーCa-48m翼組】2015-11-15
アルカスワールド:カプロニーCa-48m翼組完了】2015-11-18
「カプロニーCa-48mの翼組は大変面倒な作業です。
最初に中翼前縁の上反角を張線で左右同じに設定して
次に上中下翼の間隔が等しくなるように支柱を取付、張線で固定する。
それから三葉翼の後縁支柱・張線で捩れのない翼組を設定する。
主題実機は三葉固定翼であるがアルカス機は運搬のために
折畳み翼とするが尾翼と干渉しないよう綿密な工作が必要です・・・」

アルカスワールド:カプロニーCa-48mメカ積み】2015-11-23
アルカスワールド:カプロニーCa-48mテスト始め】2015-11-30

アルカスワールド:実在したCa-3m旅客機】2015-12-02
「Ca-3旅客機はCa-48m製作の習作として作りました。
正式名は分かりませんが実機が存在したようです」


RC「Caproni Ca.48」(製作:アルカス大橋)

アルカスワールド:カプロニーCa-48m飛んだ】2015-12-10
「調整中のカプロニーCa-48mの動力をモーターに変更して
快晴に恵まれた本日、無事初飛行しました」
アルカスワールド:リバテイV12気筒エンジンで飛んだ】2015-12-16
「調整中のカプロニーCa-48mに
リバテイV12ダミーエンジンを載せて無事飛行しました」
アルカスワールド:Ca-48m飛んだ(2015/12/20)】2015-12-21
「カプロニーCa-48mのフライトを写真に撮ることができました」


“Caproni Ca.48” 『スタジオジブリ絵コンテ全集19 風立ちぬ』【c134】

“Caproni Ca.48” 宮崎駿『風立ちぬ』イメージボード
(「風立ちぬ原画展」ポストカードセット9枚組)

“Caproni Ca.48” 宮崎駿『風立ちぬ』イメージボード (『スケッチトラベル』

アルカスワールド:カプロニーCa-48m 記念撮影】2015-12-27
「車庫でカプロニーCa-48mに人形を載せて写真を撮りました」
アルカスワールド:謹賀新年アルカス2016】2016-01-01
アルカスワールド:2016年飛行始め】2016-01-04
アルカスワールド:カプロニーCa-48m 一件落着】2016-01-05
アルカスワールド:Ca-48mモーター変更テストフライト】2016-01-13


“Caproni Ca.48”

アルカスワールド:RCモデルプレーンズ誌の取材】2016-02-13
アルカスワールド:RC MODEL PLANES 4月号にCa48が掲載されました】2016-04-05
「先日MRCで取材のカプロニーCa48がRCモデルプレーン4月号に掲載されました」

アルカスワールド:地域新聞に載りました】2016-04-19
ちいき新聞 佐倉西版 2016.4.15
ラジコン飛行機界の巨匠
アルカス大橋さん(佐倉市在住)

※「活動名のアルカスはSAKURAを逆に読んだもの」
「実際の製作が始まると2、3カ月で完成させるが、
資料集めには何年もかかることが少なくない。
既に何百という飛行機を作ってきた大橋さんだが、
「実際に作って飛ばすのは氷山の一角」。
いつか飛ばしたくて温めてあるものは、まだまだたくさんあるそうだ


アルカスワールド:Ca-90図面を描いた】2011-12-29
「カプロニーCa-90巨人爆撃機の図面を六助と同じ縮尺1/20で描いてみました。
六発で前幅46.6mありCa-60より大きいです。
通常型ですから製作飛行は六助と比べたら断然易しいはず。。。。
と思ったが 主翼が、ばかでかく尾翼は大変小さい。。。」
「これは厄介で楽しめない怪物だ!くわばらくわばら近づくのは危険だ。。。」

若者たちへの応援歌 宮崎駿『風立ちぬ』
宮崎駿『風立ちぬ』試論1.0
まだ風は吹いているか 長篇引退作品 宮崎駿監督『風立ちぬ』
『風立ちぬ』【補遺】資料室

アルカスワールド blog
宮崎駿・スタジオジブリ関係者が見学 MRC春の飛行会(2012年4月1日)


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【岩波文庫】『文語訳 旧約聖書 III 諸書』“伝道之書”「力を尽くしてこれを為せ」

(2015年10月10日のツイート)

【岩波文庫】 『文語訳 旧約聖書 III 諸書』
発売日:2015年10月17日 価格:864円(税込)


【伝道之書】
ギリシャ語訳聖書において
「エクレシアステース(Ecclesiastes)」
すなわち集会で語る人、伝道者と題されたことから題名が生じた。
日本の『聖書 新共同訳』(1987)では
ヘブライ語聖書によって「コヘレトの言葉」という題名になっている。
著者はソロモンと思われるような記述もあるがソロモンではない。
「伝道者」にせよ「コヘレト」にせよ、
いずれも固有名詞ではなく広く自由な思想家のような存在とみなされる。
冒頭には、いきなり
空(くう)の空(くう)なる哉(かな)
 都(すべ)て空(くう)なり……
 日(ひ)の下(した)には
 新(あたら)しき者(もの)あらざるなり
」(1章2~9節)
という衝撃的な言葉が置かれ、以下、
生(うま)るるに時(とき)あり
 死(し)ぬるに時(とき)あり
」(3章2節)、
皆(みな)塵(ちり)より出(い)で
 皆(みな)塵(ちり)にかへるなり
」(同20節)、
義(ただ)しき人の義(ただしき)を
 おこなひて亡(ほろ)ぶるあり
 悪人(あしきひと)の悪(あしき)をおこなひて
 長寿(いのちながき)あり
」(7章15節)などと述べ、
汝(なんぢ)の少(わか)き日(ひ)に
 汝(なんぢ)の造主(つくりぬし)を記(おぼ)えよ
」(12章1節)と勧めている。
『文語訳 旧約聖書 III 諸書』鈴木範久「解説」


宮崎駿講演◇神奈川近代文学館にて「『方丈記私記』と私」
【「空の空なればこそ」というエッセイ】(『熱風 2008年11月号』)

どうしていいかわからない僕らに対して、
堀田(善衞)さんが最後に書いてくれた文章というのが、
亡くなった年に出された『空の空なればこそ』というエッセイ集です。
これはまた、僕の勝手な思い込みで、
僕に向かって書いてくれたことなのだと思っているのですが、
『旧約聖書』の「伝道の書」についてのエッセイ
「空の空なればこそ」
があります。
堀田さんのまったくの受け売りになりますが、
『旧約聖書』の「伝道の書」に
「ダビデの子、エルサレムの王である伝道者の言(ことば)」
というのがあるそうです。僕は本屋で『旧約聖書』を立ち読みしたら
載っていなかったものだから、困りまして、
「載っていないのですけど……」と堀田さんに言ったところ、
『旧約聖書』というのは別にこれだけ載せなければいけないという枠はなくて、
いろいろなものを載っけたり、載っけなかったりするものだから、
載っけていないやつもあるかもしれないと。

とにかく、その「ダビデの子、エルサレムの王である伝道者の言」の中には、

伝道者言(いは)く、空(くう)の空(くう)、
 空の空なる哉、都て空なり。日の下に人の労して
 為(なす)ところの諸(もろもろ)の動作(はたらき)は
 その身に何の益(えき)かあらん


ということが記されています。やれることは全部やった。
楽しめることは全部やった。築ける限りの財産を全部築いた。
これ以上手に入るものはない、妻も妾もいっぱい持ったと。
全部やったけれども、やっぱり空(くう)だと書いているのです。
やっていない人間がやせ我慢で空だと言うのは結構言えそうですが、
エルサレムの王が言っている。また、こういう言葉も非常にいい。

汝(なんぢ)、義(ただしき)に過(すぐ)るなかれ、
 また、賢(かしこき)に過(すぐ)るなかれ。
 汝(なんぢ)、なんぞ身を滅(ほろぼ)すべけんや


と、そんなことで身を滅ぼしてはいけないよと。
僕らの学生時代には、みんな政治的な主義主張をして、
どこかで拷問されたり、身を挺して説を曲げずに
死ななければいけないというような風潮が、どこかしらありました。
でも、僕は内心そういうのは恐ろしい、できないなあと思っていたのです。
そうしなければいけないと虚勢を張っているだけでした。
そうしたら、堀田さんが「ペンを血に浸して書くことはない」
あるエッセイで書かれていた。それはソ連の中で
反体制運動をしようとする友人に向けられた言葉で
「そんな危険なことは止めろ。日本の軍閥政治だって40年で
滅びたのだから、ソ連のこの体制もいつかは滅びる、それまで待て」
といった内容だったのです。僕は自分の臆病を棚に上げて、
そのとき、もう本当に、堀田さんに救われたような気がしたものでした。
「伝道者の言」には、また

汝(なんぢ)、悪(あしき)に過(すぐ)るなかれ、
 また愚(おろか)なる勿(なか)れ。
 汝(なんぢ)、なんぞ時いたらざるに死(しぬ)べけんや


ともあります。「汝、なんぞ時いたらざるに」
そのときではないのに死んでもいいものかということが書かれているわけです。
生きなさい。それが一番大事なことだということなのです。

人の智慧(ちゑ)は、その人の
 面(かほ)に光輝(ひかり)あらしむ。
 又その粗暴面(あらきかほ)も変改(あらたまる)べし


人の知恵は人の顔をよくする。それしか書かれていません。
正しきことがいいことなのは、つまり、
ひどい顔もよくなるという(笑)、そのぐらいのものだと言うのです。
そして最後に、どうやって生きるかという締めくくりがあるのですが、それが

汝(なんぢ)、往(ゆき)て喜悦(よろこび)もて
 汝のパンを食(くら)ひ、楽(たのし)き心をもて
 汝の酒を飲め
」なのです。

其(そ)は神久しく汝の行為(わざ)を
 嘉納(よみし)たまへばなり

日の下に汝が賜(たま)はるこの汝の
 空なる生命(いのち)の日の間(あひだ)、
 汝、その愛する妻とともに喜びて度生(くら)せ。
 汝の空なる生命(いのち)の日の間しかせよ。
 是は汝が世にありて受る分(ぶん)、
 汝が日の下に働(はたら)ける
 労苦(ろうく)によりて得る者なり。
 凡(すべ)て汝の手に堪(たふ)ることは
 力(ちから)をつくしてこれを為(な)せ。
 其(そ)は汝の往(ゆか)んところの陰府(よみ)には、
 工作(わざ)も計謀(はかりごと)も知識(ちしき)も
 智慧(ちゑ)もあることなければなり


神様がそれでいいと思っているのだよ、そうなさいと言っているのだ。
つまりいつかは消えていくのだけれども、
自分が生きている間、汝の空なる生命の日の間は、
汝の愛する妻とともに喜びて暮らせ。生きている間はそうしなさいと。
汝がこの世にありて受けるものは、
汝が日の下の働ける苦労によって得たものなのだから。

だから、自分に耐えられることは、力を尽くしてこれをしなさい
そして、この最後がいいのです。
なぜなら、お前の行く黄泉の世界には、権謀や術策もないかわりに
知恵も知識もないのだから、と締めくくっているのです。
すごいニヒリズムと言えば、ニヒリズムなのですが、
これを堀田さんは最後のエッセイの中に書いて、
そのあとがきを読むと「空の空なるに坐して」とある。
堀田さんはその境地にきているのだなと思いました。
僕もそういう境地になれたらいいなと思うと同時に、
堀田さんがそこに書き残してくれたことが、非常に助かったのでした。
乱世の羅針盤…堀田善衞を敬愛する宮崎駿のことば-鈴木敏夫のジブリ汗まみれ


【文語訳『旧約聖書』&『新約聖書』】
「(読んだ好きな本、影響を受けた本)一冊を選べと言われれば、
これはもう「旧約聖書」です。「新約聖書」でもいいのですが、
「旧約」のほうが圧倒的にお薦めです

全国のどこの本屋さんにも置いてありますし、
なんなら旅先のホテルの引き出しからギってもよろしい。
何を読んでも、体験しても、最後に帰ってくる本こそが「最後の本」であり、
その一冊を手にするかどうかが、その人の読書を決定づけます」
『押井守の「世界の半分を怒らせる」。第3号』2012年10月15日配信

「かつて吉本隆明は『マチウ書試論』において、
あの文語訳が生み出す独特の雰囲気が聖書の本質を
覆い隠しているのだ、と指摘していましたが、
僕に言わせれば、その文語訳の生み出す雰囲気こそが
聖書の本質そのものなのです
。みんなあれにシビれて
騙されたのですから。いまだにシビレっぱなしです」
『押井守の「世界の半分を怒らせる」。第11号』2013年2月15日配信

【映画制作のリアル】押井守監督『ガルム・ウォーズ』【Blu-ray豪華版】
【押井守講演メモ】「押井守の世界観を語る~創作の魅力」@東京電機大学
捏造された神話 押井守監督『天使のたまご』

【スタジオジブリの教養】鈴木敏夫を宮崎駿につなげた232冊+α
【レポート】「トトロのふるさと基金」25周年記念イベント
【辺野古基金共同代表】宮崎駿 記者会見【日本外国特派員協会主催】
宮崎駿が描く「沖縄・球美の里」
『熱風』2011年8月号、特集「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」
『シャーロット姫』と『崖の上のポニョ』
若者たちへの応援歌 宮崎駿『風立ちぬ』


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