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宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』考察【公開前】

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 CDアルバム『MITAKA CALLING 三鷹の呼聲』(2019年発売)に宮崎駿が提供したイラスト。スタジオジブリ公式アカウントが2021年に投稿ツイートした新作の絵コンテの表紙のイラストと一致していたことから、宮崎駿の映画『君たちはどう生きるか』(2023年7月14日公開)のイラストであることが確定した。
 イメージボードのようにも思えるが、レイアウト用紙に描かれていて、カットナンバーも指定されていることから、映画冒頭のカット(Aパート・cut20)の作画担当者のために、宮崎駿が表現の説明として描いたものかもしれない。

主人公は孤独な少年です。彼は見失った自分の世界を取り戻そうとしている。私がこの種のキャラクターを作ったのは初めてです
宮崎駿インタビュー・女優ジュリエット・ビノシュとの対談【2018年6月】

 絵コンテ「Aパート・cut20」は、宮崎駿の前作の長編映画『風立ちぬ』(2013年公開)でいえば、二郎少年が夢の中で鳥型飛行機を操作して飛び上がろうとする場面に相当する。『君たちはどう生きるか』も「少年の夢」から始まるのだと思う。『君たちはどう生きるか』のために宮崎駿が描いた「cut20」のイラストは、現実の場面と考えるには、あまりにも異様な雰囲気を漂わせている。これの6カット後「cut26」は、本作最大級の原画枚数「1068枚」を費やして、時間と手間をかけて作画された。『君たちはどう生きるか』映画の主人公の少年が「母親を喪失したトラウマの悪夢」が描かれるのだと思う。

 「主人公の少年が手にして読む本」吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』が出版されたのが昭和12年。絵コンテ(Aパート)を執筆する宮崎駿の作画机に飾られてあった山川惣治『爆弾サーカス』(ペン画)のレコード紙芝居が発売されたのも昭和12年。「昭和11~13年」の長野の一農村の写真記録を収めた本を参考資料としていたことからも、映画『君たちはどう生きるか』の時代設定は「昭和12年(1937年)」と考えられる。
 さらに宮崎駿の「自伝要素」を考慮に入れると、宮崎駿の名前の由来となったと思われる「軍人・多田駿」が陸軍参謀本部次長の要職に就いたのも昭和12年。宮崎駿の父親「宮崎勝次」が召集されて兵隊に取られた(しかし戦地には行かなかった)日中戦争が始まったのも昭和12年だ。映画『風立ちぬ』の「堀越二郎の現実パート」は、九試単座戦闘機の飛行試験が成功した昭和10年(1935年)で終わっている。『風立ちぬ』から『君たちはどう生きるか』へ、時代設定は連続して繋がっていて、いよいよ戦争が始まった時代の日本を描くのだと思う。

 太平洋戦争末期(1945年)、東京から栃木に疎開していた宮崎駿(4歳)は、宇都宮空襲に遭っている。そのときの疎開先の家は、B29の焼夷弾の被害を免れ、宮崎駿は小学3年生(9歳)まで住んでいた。『となりのトトロ』「サツキとメイの家」の階段や『風立ちぬ』二郎の群馬の生家にイメージが反映されている、その家は現存しており、2012年にはギャラリー「絆和(HANNA)」としてオープンしている。2015年頃、宮崎駿は1人お忍びでギャラリーを来訪して、昔のわが家を懐かしがったという。
 「2015年にぼくをしあわせにしてくれた本」と三鷹の森ジブリ美術館の図書閲覧室「トライホークス」で宮崎駿が推薦していたジョン・コナリー著『失われたものたちの本』が、映画『君たちはどう生きるか』制作のきっかけであると思われる。第二次世界大戦下のイギリスの少年の物語を読んで、「子どもの頃の心の蓋」が開いたのだと想像できる。栃木の家に訪れようと思ったきっかけも、その本を読んだことにあるのかもしれない。

 「大正末期から昭和初期」の栃木の食事を紹介している本を参考資料にしていたことと、『君たちはどう生きるか』制作初期の2018年に社員旅行で栃木に行っていたことから、映画の舞台が「栃木」である可能性は高いように思う。
 他の可能性も探ってみたい。吉野源三郎の小説の舞台「東京」。前述の農村写真集の「長野」。映画に反映された鈴木敏夫の小学生時代の体験場所「名古屋」。映画公開日の金曜ロードショーのジブリ映画『コクリコ坂から』の舞台「横浜」。後述するように「主人公の少年は旅をする」から日本各地を転々とする可能性だって否定できない。

 宮崎駿が宇都宮空襲の体験者であることから、映画『君たちはどう生きるか』冒頭「cut20」に描かれている「火事」は「空襲によるもの」と速断したくなるかもしれない。しかしここで立ち止まって考えてほしいのだが、宮崎駿も『雑想ノート』に描いているように太平洋戦争が始まるまでは日本本土に爆弾は落とされていない。映画が日中戦争初期から始まる前提で考えると、「火事」は「空襲によるものではない」と判断するのが穏当だと思う。


(三鷹の森ジブリ美術館企画展示「幽霊塔へようこそ展」パンフレット)
 戦後しばらくして東京に戻った宮崎駿は、小学校から中学校にかけて通った近所の本屋で、一冊の本『君たちはどう生きるか』と出会った。

『君たちはどう生きるか』は1937年に出された本です。今回の映画は、主人公が亡くなったお母さんの本を整理していて、この本の表紙をめくったときにお母さんからの手紙を見つけ、そこから物語が始まります
ジブリ鈴木敏夫さんが見据える、メディアの本質と未来像

お母さん亡くなっちゃうんですけれど、本の整理をしてたら、本が落っこちて、『君たちはどう生きるか』って。そのね、表紙をめくったところにね、主人公に対してね、“お母さんから” つって、彼にね、手紙が書いてあるんです。そういう始まりなんですよ
鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 講演会『メディアたちはどう生きるか』後編

 映画『君たちはどう生きるか』は、吉野源三郎の本のストーリーをそのまま使ったものではなく内容は全くの別物。映画『風立ちぬ』が、堀辰雄の本のストーリーと内容が全くの別物だったのと同じである。おそらく主人公の少年が「母親を喪失する」悪夢から目覚めて母親の遺品整理をしているときに、吉野源三郎の本『君たちはどう生きるか』から母親の手紙を見つけて、それから物語が展開していくのだろうと想像する。

 宮崎駿の母親「宮崎美子」は、1947年に結核菌が原因の脊椎カリエスという難病にかかって、9年間、体をギプスで固定されて「首と手しか動かせない」闘病生活を余儀なくされた。宮崎駿は男4人兄弟だったが、彼らの思春期・成長期の大部分において、「実質的に母親を欠いていた」と宮崎駿の弟・宮崎至朗は証言している(『天空の城ラピュタ GUIDE BOOK』宮崎至朗「兄・宮崎駿」)。

 『君たちはどう生きるか』の絵コンテ(Aパート)を読んだ鈴木敏夫の感想は、「宮崎駿は自分の少年時代を描いていた」であった。


 宮崎駿が『岩波少年文庫の50冊』のため描いたイラスト。本を読むことが好きだった少年時代を描いた。「チク」という名前の犬を飼っていた。

 『君たちはどう生きるか』の参考資料として使用されていた長野の農村「會地村」の写真記録本に【授業】と書いてある付箋が貼られていた。実際に本を開いて該当箇所を探してみると、「昭和12年前後」の小学校そして青年学校の教室での授業風景の写真が各々1枚見つかる。『君たちはどう生きるか』の序盤で、『風立ちぬ』では極僅かだったが、主人公の少年の学校生活が描かれるのだと思う。写真に映っている男子は、皆丸刈り頭。男子の学生服が、大正期の二郎の少年時代はまだ着物姿だったが、皆洋服に変わっている。主人公の少年と思われる「cut20」の駆けている後ろ姿であるが、「洋服」であるように見える。

 『君たちはどう生きるか』主人公の少年は「みっともない男の子」。「エヴァンゲリオン」の最重要スタッフだった作画監督の本田雄が描くことで、「少年の孤独感」が深まったそうだ(『yom yom vol.61』「鈴木敏夫&養老孟司 対談」)。「碇シンジ君」みたいな立ち居振る舞いをする「ジブリキャラクター」が観られるのかもしれない。


『ブラッカムの爆撃機』宮崎駿「ウェストール幻想 タインマスへの旅」)

昭和12年7月7日の盧溝橋事件をまだ対岸の火のように考えていた会地村の人たちも、15日の深夜3名に赤紙(召集令状)が来るに及んで俄然緊張した。日をおかず次には20余名に赤紙が来た。兵士だけでなく強健な馬も徴発された。戦争の拡大に不安を抱いていた村人も、事ここに至っては、これはただごとでないと悟った。役場では銃後を守るための対策を講じた。在郷軍人、消防団、青壮年団の人たちが立ちあがり、婦人を総動員して「大日本国防婦人会会地支部」が結成された。その後も出征は相ついで、戦死された方もふえてきて、不安はつのるばかりであった。5年たち、もうなんとかならないかと思っている時、昭和16年12月8日に突然朝のラジオで、「我陸海軍は米英と戦争状態に入れり」と言う放送を聞き、言葉を失った
熊谷元一『写しつづけて69年 會地村―阿智村 昭和・平成』

 『君たちはどう生きるか』絵コンテBパート~Cパートを描いていた2017年、宮崎駿は吉野源三郎の話を聴くため、長男の吉野源太郎と会っている。宮崎駿が特に強い関心を抱いていたのは、吉野源三郎の「獄中体験」だったという。吉野源太郎は「あくまで推測ですが」と前置きをして、「(宮崎駿は)戦中に幼少期を過ごした体験から、軍国主義下での自問自答の複雑さを(映画『君たちはどう生きるか』で)丁寧に描きたいのだと思います」と語っている。
 宮崎駿の妻の父親「大田耕士」は、昭和13年に創刊した風刺漫画誌『カリカレ』の中心人物で、昭和16年に治安維持法によって検挙され、獄中にいたことがある。『君たちはどう生きるか』制作中、ジョバンニ・ミラバッシが反戦歌や革命歌をピアノで弾くCDアルバム『AVANTI!』を宮崎駿は聴いていた。『風立ちぬ』で暗躍するスパイや特高(特別高等警察)を登場させたりしていたが、『君たちはどう生きるか』はもっと反戦色が濃い映画なのかもしれない。

 『君たちはどう生きるか』絵コンテBパートは「ジメジメした男の子の深刻な話」が描かれていたそうだが、途中から「溌剌とした元気な男の子の話」へと方針転換したようである。『千と千尋の神隠し』で「グズな女の子・千尋」が油屋で働くことでキチンとするようになっていったことや、序盤の「おどろおどろしい異界の雰囲気」が持続しなかったことを想起させる。
 「楽しい宮崎アニメが生まれる予感がありますね」とアニメーターの井上俊之が2021年にコメントしていたが、『君たちはどう生きるか』参加時期に作画したのが「方針転換」以後の絵コンテであると考えれば、納得できる。


 宮崎駿が描いた映画『君たちはどう生きるか』のポスタービジュアル。登場キャラクターの「サギ男」だと思われる。

(『君たちはどう生きるか』に)特徴的なある男が出てくるんですよ、サギ男っつってね。なんかちょっと悪い奴なんですよね。こいつがね、主人公と喧嘩しているわけ。事あるごとに喧嘩するのよ。そしたら、あるお姉さんがね、「ふたりとも仲良くやんな」つって。そんなセリフがあって。だいたい近い人をモデルにしてるでしょ。だいたい僕わかったんですよ。その「ふたりとも仲良くやんな」つったのは、ジブリにずっといた色の職人で保田道世さんという人がいて、この人なんですよね、年は若いけれど
鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 米津玄師さんを迎えて その1

 「感想を言葉にすることすら叶わないくらい素晴らしい」『君たちはどう生きるか』絵コンテCパート(映画中盤)から出てくるらしい「サギ男」(鈴木敏夫『禅とジブリ』「プロローグ」)。宮崎駿は「否定している」が、鈴木敏夫は「自分がモデル」のキャラクターだと公言している。「鈴木敏夫の一番のお気に入りジブリキャラ」だと思う。「宮崎駿と鈴木敏夫がしてきた会話のやりとり」がそっくりそのまま「主人公の少年とサギ男」で再現されているという。
 主人公の少年とサギ男の喧嘩を仲裁する「ひびこ」。宮崎駿作品の色彩設計を務めてきた「保田道世」がモデルらしい。サギ男と並んで、『君たちはどう生きるか』で名前が公開前に明らかになっている数少ないキャラクターであるが、「カンヤダの着物姿」をモデルに描いた『君たちはどう生きるか』のヒロインと同一人物であるかどうかはわからない。

(『君たちはどう生きるか』の)絵コンテでは、二人で旅に出ます。アオサギが変化したサギ男という、いいキャラクターなんです」「あのサギ男というのは近代にはいない、いいキャラクター」「僕は主人公の宮さんと二人で冒険に行かなきゃいけない
『yom yom vol.61』「鈴木敏夫&養老孟司 対談」

 「二人で旅に出る」というキーワードから、「一人の少年と一匹の犬で旅に出る」ロバート・ウェストール『海辺の王国』を私は思い出す。『失われたものたちの本』と同じ、第二次世界大戦下のイギリスが舞台だ。空襲によって家族を失った少年ハリーは、同じくドイツ軍の爆撃によって飼い主を失った犬と、戦時下のイギリスを彷徨いながら旅をする。映画『君たちはどう生きるか』と共通点になるかもしれないと思っていることがあるが、ネタバレになるからここではあえて書かない。名作だから、未読の人には是非読んでもらいたい。


 「鷺」(サギ)を捕る「鳥捕り」が仕事を終えて、汽車に戻ろうと「両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのやうな」格好をしているところ(『まんがで読破 銀河鉄道の夜 宮沢賢治・作』)。

 宮崎駿の妻「宮崎朱美」は、宮沢賢治作品の大ファンだそうだ。「宮沢賢治作品の要素」を宮崎駿は自作に持ち込んで「妻のご機嫌とり」をしていると、鈴木敏夫は言う(鈴木敏夫のジブリ汗まみれ「もうひとつの鈴木敏夫とジブリ展~鈴木が愛した風景写真~」後編)。『どんぐりと山猫』は『となりのトトロ』のモチーフ、そして『銀河鉄道の夜』は、『千と千尋の神隠し』の「電車のシーン」と『ハウルの動く城』の「星が降ってくるシーン」のモチーフになっている。
 『君たちはどう生きるか』のキャラクター「サギ男」という名前から、私は『銀河鉄道の夜』に出てくる「鳥捕り」を連想する。モーツァルト最晩年のオペラ『魔笛』にも、主人公と行動を共にする「鳥捕り」を生業とする「パパゲーノ」という人物が出てくるが、彼は「鳥の扮装」をしている。『君たちはどう生きる』のレイアウトとジブリパーク開園記念のイラストから判断して、サギ男は空を飛べるようだ。オペラの公演でそういう演出をしているのがあるのかは知らないが、ロシアのアニメーターが作画しているアニメーション版の『魔笛』ではパパゲーノは空を飛んでいた。

 『君たちはどう生きるか』は「冒険活劇ファンタジー」と報告されたのは、宮崎駿がCパートの絵コンテを描いていた頃だ。少年は「ファンタジー・キャラクター」の「サギ男」と「冒険」の旅に出る。「山川惣治の絵物語を参考にしている」そうだから、「活劇要素」は、『少年タイガー』『少年ケニア』といった「密林冒険物語」からの影響があるかもしれない。『少年タイガー』に出てくる怪人「ブラック・サタン」が「サギ男」の元ネタではないかと考察する外国人のツイートを見たことがある。
 『君たちはどう生きるか』主人公の少年とサギ男が旅に出るそうだが、『失われたものたちの本』のように迷い込んだ「異世界」を旅するパターンか、『海辺の王国』のように「現実」の日本を旅するか、『風立ちぬ』のように「夢」と「現実」を行き来しながら旅をするパターンの、3つのうちのどれかではないか。「サギ男とひびこ」が主人公の少年にしか見えない「イマジナリーフレンド」のような存在であれば、2つ目の解釈も成り立つと思う。


 『まんがで読破 銀河鉄道の夜』では、宮沢賢治が「第4次稿」で消去した「ブルカニロ博士」を登場させている。

お前はも一度あのもとの世界に帰るのだ。お前はすなほないゝ子供だ。よくあの棘の野原で弟を棄てなかった。あの時やぶれたお前の足はいまはもうはだしで悪い剣の林を行くことができるぞ。今の心持を決して離れるな。お前の国にはこゝから沢山の人たちが行ってゐる。よく探してほんたうの道を習へ
宮沢賢治『ひかりの素足』

 『君たちはどう生きるか』絵コンテDパートを宮崎駿が描いていた頃、『ひかりの素足』の「あなたはもとの世界に帰りなさい」が今度の映画に出てくる、と鈴木敏夫は語っていた。『ひかりの素足』は、雪嵐に遭った兄弟が「あの世」に行き、「この世」に兄だけが戻ってくる話だ。『銀河鉄道の夜』の先駆的作品といえる。『ひかりの素足』で「道を教える」菩薩の役割は、『銀河鉄道の夜』(第3次稿まで)においては「ブルカニロ博士」が果たしていたといえるだろう。
 宮崎駿が悪戦苦闘しながら描いた絵コンテDパートに「高畑勲がモデルのキャラクター」が出てくる。宮沢賢治作品の「菩薩」や「ブルカニロ博士」のように、「現実世界」と「異界」の狭間に立つ、少年を教え導くキャラクターなのだろうか。『風立ちぬ』での二郎少年にとっての「カプローニ」のような存在かと思われるが、「高畑勲の死」によって、『銀河鉄道の夜』の「ブルカニロ博士」のように「存在を消される」まではいかなかったが、「高畑勲がモデルのキャラクター」の出番は当初の予定より「あっさり」としたものになったようだ。

 絵コンテ「Dパート」が『君たちはどう生きるか』の最終章になる予定だったが、「宮さんダメですよ、もっと長くやりましょう」と鈴木敏夫の進言があり、「高畑勲によって導かれた宮崎駿」というテーマが「高畑勲の死」によって変わっていったことも影響してか、「Eパート」まで描かれることになった。

 『君たちはどう生きるか』絵コンテ完成後、監督とプロデューサーの2人は「始める時は想像もつかなかったけど、ずいぶん遠くまで来た」(宮崎駿)「最初に計画してたやつがね、全部引っ繰り返った」(鈴木敏夫)と述懐している。


『風の王子たち』(ボードウイ作 安東次男訳 寺島竜一絵)

あなたがこの本を読んでグライダーに乗りたいと思ったら、あきらめてはいけません。今の日本でならチャンスを見つけることができます。もちろん、はじめからひとりでは翔べません。ふたり乗りの機体に乗せてもらうのです。ぼくは近眼で、しかも机にかじりつく仕事を選んだので操縦はあきらめましたが、何度か乗せてもらいました。今は、たとえあなたが近眼で眼鏡をかけていても大丈夫です。ひとりで翔べるようになったら、きっと本当の素晴らしさが判るのだと思います
(『岩波少年文庫の50冊 選・宮崎駿』)

 『日本昭和航空史 日本のグライダー 1930~1945』(川上裕之著)という本を、『君たちはどう生きるか』制作の参考資料に使用していたと思われる。アニメーター山森英司の「レシプロ機はいいなぁ……」という嘆きと合わせて考えると、エンジンとプロペラが付いてない(レシプロ機ではない)「グライダー」が、山森英司の作画で『君たちはどう生きるか』作中に登場する可能性は高いと思う。映像制作の後半時期の「嘆き」であるから、該当するのは映画後半の場面ではないだろうか。
 『君たちはどう生きるか』の主人公は、『風立ちぬ』主人公の堀越二郎、そして監督の宮崎駿と同じく、飛行機好きな少年なのかもしれない。グライダーは競技スポーツの一種として戦前にすでに普及していて、昭和12年から少し後になるが、日本全国の中学校にグライダーが配布されるということもあったそうだから、主人公の少年がグライダーに触れる機会も作れそうだ。
 『君たちはどう生きるか』「美術」を担当している吉田昇が、雪に覆われた山を描いていた。この大パノラマの背景をバックに、主人公の少年が乗ったグライダーやサギ男が滑空するのかもしれない。

山本有三原作の「眞実一路」(1954年)ですけれど、僕はこの映画を最近見直して無茶苦茶面白かったんです。今、宮崎駿と「君たちはどう生きるか」という映画を作っていて、内容的に少し関係あると思って見直したんです。少年がどう生きていくかの話ですからね。主人公の少年は生まれてからずっと、母親は死んだと聞かされてきた。でも実は生きていて、これを淡島千景が演じているんです
『キネマ旬報 2018年11月下旬号』鈴木敏夫「新・映画道楽」)

 絵コンテDパートを宮崎駿が描いていた頃の鈴木敏夫の発言であるが、「亡くなった」とされている『君たちはどう生きるか』主人公の少年の「母親」が、実は「生きている」可能性があるかもしれない。『千と千尋の神隠し』の冒険の終わりには、千尋のもとに両親が戻ってきた。『君たちはどう生きるか』の少年のもとにも、母親が戻ってくるのだろうか。
 「宮崎駿の自伝」という視点から考察すると、宮崎駿の母親「宮崎美子」は、闘病の末に「起き上がって家の中を歩くようになる」まで回復した。だから、『君たちはどう生きるか』が「宮崎駿の個人史」を辿るのだとすれば、「母親が戻ってくる」ことはありえない話ではない。でも、そのとき駿少年はもう高校生に「成長」していた。これも映画に反映されている可能性はある。


 (左)『ハウルの動く城』魔法で怪物に変身した人間。(右)『風立ちぬ』二郎の夢に現れた「幻想のツェッペリン」爆弾虫に搭乗しているヒトガタ。

 『風立ちぬ』で「戦争の問題が中途半端に終わって片付かなかった」ことが、「宮崎駿の引退が失敗した」原因の1つであるという。『君たちはどう生きるか』は「日中戦争初期の戦時下の日本を舞台にした少年の物語」と予想しているが、戦争の暴力描写がどれほどあるかはわからない。『もののけ姫』のような人間と人間が殺し合うハードな描写は、少年が主人公であるし、リミッターを解除して描くとはちょっと考えにくいが、「戦争によって怪物になってしまった人間」が描かれる可能性は考えられる。『風立ちぬ』で「時空を超える」裏技を「二郎とカプローニの夢のシーン」で宮崎駿は使ったが、『君たちはどう生きるか』でも使えばもしかしたら、少年が戦地にいなくても「戦争」が向こうからやってくるかもしれない。
 「戦地」に行かなかった宮崎駿の父親「宮崎勝次」は、軍用機の部品を作る工場を家族経営して戦時中は経済的に潤っていた。そのような親たちに養われたことを宮崎駿は、「間違いの産物」と「自己否定」して、「戦争を否定する本」や「戦争の惨憺たる写真」ばかり読み漁っていた。「戦争責任」について、思春期に宮崎駿は父親と口論した。「戦争をしたのは軍部であり自分ではない、スターリンも日本人民に罪はないと言った」。そして、母親の持論は「人間は仕方がないものなんだ」だった。『君たちはどう生きるか』で宮崎駿は両親とどのように向き合うのだろうか。
 「僕はここにいてもいいんだ!」と宮崎駿が叫び出す、『君たちはどう生きるか』が宮崎駿にとっての「エヴァンゲリオン」のような作品だったら、碇シンジの側に付き添っていた「渚カヲル」や「綾波レイ」に「父と母の性質」が投影されたように、宮崎駿の「父と母の性質」が「サギ男」「ひびこ」に投影されているのではないかと想像する。

 『君たちはどう生きるか』制作最初期に「宮崎駿は孫のために作っている」と鈴木敏夫は言っていた。だから、映画の対象は「小学校高学年~中学生の少年」であると思われる。『本へのとびら 岩波少年文庫を語る』(2011年発売)「3月11日のあとに 子どもたちの隣から」の章で、宮崎駿は「今ファンタジーを僕らはつくれません」と言って、『風立ちぬ』(2013年公開)を作った。それから10年、『君たちはどう生きるか』が、「おそろしく轟轟と吹きぬける」「死をはらみ、毒を含む」「人生をを根こそぎにしようという」「風が吹いている時代」に生きる子どもたちが「ほんとうに観てよかった」と思える「強靭なファンタジー」であることを願っている。

(記.2023年7月10日)

theme : スタジオジブリ
genre : 映画

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【宮下誠】「クラシック音楽」愛聴盤紹介

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 西洋近代美術史家の宮下誠が書いた「クラシック音楽」についての本を読む。紹介されている膨大な量の音盤を(できるかぎり)聴きながら読んだから、時間がかかった。『迷走する音楽 20世紀芸術学講義Ⅱ』は丸1年かかった(文章だけ読むのに3ヶ月半)。『20世紀音楽 クラシックの運命』は半年。『「クラシック」の終焉?未完の20世紀音楽ガイドブック』も半年ぐらい。『カラヤンがクラシックを殺した』は1ヶ月で読み終えた(既聴の紹介音盤が多かった)。

 『迷走する音楽』を読み終えた時点で、触発されたと言っていいと思うのだけど、私も私なりの「クラシック音楽」についての記事を書きたいと思った。それで(四苦八苦しながら)書いた記事が【「クラシック音楽」沼への招待】だった(『カラヤンがクラシックを殺した』からの引用があるが「文章だけは」10年以上前に1回読んでいた)。それは言わば、宮下誠の本を読んだ中間報告で、今回の記事が最終報告のつもりだ。

 以下に紹介していく音盤のほとんどは、宮下誠が著書で紹介していた音盤で、私が所有している音盤の中から、特に愛聴している音盤を選んだ。


モーツァルト『魔笛』(1791年作曲)
オトマール・スウィトナー指揮+シュターツカペレ・ドレスデン(1970年録音)


『フィガロ』以上に圧縮された音楽が展開するこの曲ではティンパニの活躍する場面も多い。『フィガロ』よりはるかに「シンフォニック」に書かれている序曲は言うまでもなく、この芝居の背景を支える象徴的キャラクター(従って演劇的には影が薄い)ザラストロの登場する場面では必ずと言って良いほどに重厚なティンパニが登場する。シュターツカペレのティンパニにとってはまさに打ってつけの曲であろう。それにしてもこのコンビの演奏する『フィガロ』や『魔笛』があまり話題にならないのはどうしたわけだろう?共に最高級の名演だと思うのだが。
(宮下誠『迷走する音楽』「ドレスデンの太鼓」P.162)

 「叩く」ことで「意味(ものがたり)」に「断裂」が生じると、宮下誠が持論を展開する「ティンパニの響き」に注目した章(『迷走する音楽』第3章「ものがたり」の断裂【P129-172】)で紹介されていた音盤に、私の愛聴盤が多い。
 モーツァルトは間口が広くて奥が深い。他の作曲家のオペラを聴くことがあっても、モーツァルトにまた戻ってきてしまう。映像版はディアナ・ダムラウが「夜の女王のアリア」を歌う日本語字幕付きのDVDがオススメ。


ビゼー『カルメン』(1873-1874年作曲)
ジュゼッペ・パタネー指揮+シュターツカペレ・ドレスデン(1972年録音)


戦前のドイツ語圏ではあらゆるオペラがドイツ語で唱われるのが普通だった。そのことを教えてくれるだけでも貴重な演奏。」「ドイツ・シャルプラッテンがプロデュースした一連の「ドイツ語によるオペラ・ハイライツ」からのもので、全曲盤はないようだ。こういう啓蒙的な取り組みも如何にもドイツらしい。何しろドイツ語で唱われると」「フランス・オペラもグンと「思弁的」になる。ドイツ人にはそうは聞こえないのかもしれないが、感情をあからさまに吐露する場面がドイツ語で「~カイト」とか「~リッヒ」なんて唱われると、」「ドン・ホセも、どこか哲学者の風貌を獲得するようにぼくには聞こえる。それが何よりの魅力である。パタネーの指揮は直情径行の快速調だが、」「抜粋盤で何より見事なのはティンパニが鳴りきっているところだろう。ドイツ語の鋭角的な歌唱と相俟って、他の演奏とは全く違う次元の演奏が実現した。」「やはり70年代こそシュターツカペレの黄金期なのだろう。
(宮下誠『迷走する音楽』「ドレスデンの太鼓」P.169)

 スペインが舞台であるが、「フランス語」で台本(オリジナル)が書かれた「フランス・オペラ」。その「ドイツ語」歌唱バージョンの抜粋盤。正直お話は好きではないが、音楽は最高である。クラシック音楽の有名曲のひとつで、声楽抜きのオーケストラのみで演奏されることも多い。


ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』(1874年作曲)
カラヤン指揮+ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1960年録音)


喜歌劇『こうもり』のライヴ盤は、あの真面目なカラヤンが、シャンパンの力か、或いはオルロフスキーを歌うゲアハルト・シュトルツェの底意地の悪い冗談に素直に反応したか、或いは、やたらと能天気な歌手陣につられてかどうかはしらないが、大きく羽目を外していてまことに楽しい。私の愛聴盤の一つだ。愛すべきカラヤンここにあり。

(宮下誠『カラヤンがクラシックを殺した』「第二章 流線型の美学」P.162)

1960年は音盤で見る限りシュトルツェ大活躍である。その締めくくりが当盤。フォン・カラヤンはこの曲を得意とし、スタジオ録音も残しているが、このアルバムを凌ぐものはない。オーケストラの団員が年越しのシャンペンで良い気持ちになっているのはまず間違いないところで、あちこちで外しまくっている。にもかかわらず弦をはじめまさに艶麗の極みで、これでこそヴィーンの大晦日である。アイゼンシュタインのエーベルハルト・ヴェヒター、ヒルデ・ギューデンのロザリンデ、監獄長フランクのエーリヒ・クンツ、ファルケのヴァルター・ベリー、アデーレのリタ・シュトライヒ……各人各様,みんな羽目を外しまくっていて楽しい限り。中でも外しているのがオルロフスキー役のシュトルツェと、大晦日のプレゼントで「オー・ソレ・ミーオ」を歌うジョゼッペ・ディ・ステファノである。シュトルツェ稀代の名役者振りが聴きもの。
(宮下誠『迷走する音楽』「シュトルツェ名唱集」P.283-284)

 カラヤン批判本の中で、宮下誠が唯一手放しで称賛しているカラヤンの音盤。宮下誠が愛したドイツ人テノール歌手ゲアハルト・シュトルツェの歌唱の魅力に抗え切れなかったようにも思える。


リヒャルト・シュトラウス『サロメ』(1903-1905年作曲)
ズデニェク・コシュラー指揮+ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1965年録音)


ライヴである所為もあるだろうが、ショルティのものよりはるかに雰囲気豊かな『ザロメ』である。アニア・シリアのザロメは、恰幅の良すぎるニルソンよりはるかにザロメらしい。少女の残酷さ、性的なものへの異常な執着と羞恥が十全に表現されている。アストリッド・ヴァルナイのヘロディアスも素晴らしい。シュトルツェ演じるヘロデも、相手が若いシリアだからこそ狒狒爺振りを発揮できるというもの。シュトルツェのヘロデを聴くならこの音盤である。ヘロデの命令で兵士たちによって圧殺されるザロメが、終幕結尾、和音の連続に絡んで断末魔の叫びを挙げる演出も決まっている。
(宮下誠『迷走する音楽』「シュトルツェ名唱集」P.285)

 リヒャルト・シュトラウスのオペラは、『サロメ』だけ聴く。『20世紀音楽』の「音盤紹介」(P.390)では、「ゲオルグ・ショルティ指揮+ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」盤を「鮮烈でよい」と宮下誠は推薦しているが、私にとっては上記の音盤がベストで他のものは聴かない。
 オペラの原作といえる、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』は、光文社の古典新訳文庫(平野啓一郎 訳)で読むことができる。翻訳は古いが、岩波文庫(福田恒存 訳)だったら、ビアズレーの挿絵が付いている。


クルト・ヴァイル『三文オペラ』(1928年作曲)
ジョン・マウチェリー指揮+ベルリンRIASシンフォニエッタ(1988年録音)


「『三文オペラ』はブレヒトの劇作理論、すなわち「異化効果」の理論に基づいた作品で、悪役たちの反社会的行為を、きわめてわかりやすい、そして多分に粗野で下品な音楽によって繋いでゆく「ソング形式」のオペラである。このような措置によって観客は舞台上で演じられる猥雑なドラマに眉をひそめたり、あからさまに嫌悪したり、場合によっては共感したりしながら、常に醒めた目で劇の展開に介入してゆくことを強制される。「ソング形式」とはレチタティーヴォとアリアや重唱、合唱によって繋いでゆく旧来のオペラ形式に擬せられるが、それとは似て非なるもので、それぞれのソングが、その前後のソングと故意に「異化」されることで観客は常に落ち着かない気分にさせられる。こうして観客は劇の進みゆきを「批判的」に追いかけてゆくことになり、いわば「考える余地」を与えられ、社会とは、自己とは、オペラとは……というかたちで主体的に作品に関わってゆかざるを得なくなる(ブゾーニのオペラ観とも関係づけられる)。こうして二人(ブレヒトとヴァイル)の共同作業はオペラを娯楽から思想的「機関」へと変容させ、一時代を画することになるのである。
(宮下誠『20世紀音楽 クラシックの運命』「第二章 拡散」P.219-220)

 ジョン・ゲイの『乞食オペラ』(1728年)を改作した『三文オペラ』は、ブレヒトとヴァイル最大のヒット作。「オペラ」に擬装した「アンチ・オペラ」。逆説的かもしれないが、現代人には「オペラ入門」としてかえっていいかもしれない。華美なオペラから遠く離れた、ジャズやタンゴの要素も入っているごった煮の大衆向けのヴァイルの音楽を、上記の音盤(『20世紀音楽』「音盤紹介」(P.405)推薦盤)で歌詞を読みながら楽しんでほしいが、古典新訳文庫(谷川道子 訳)でブレヒトの台本(歌詞)を読むこともできる。


シューベルト『冬の旅』(1827年作曲)
ハンス・ツェンダー指揮+アンサンブル・モデルン(1994年録音)


(ハンス・ツェンダー)が編曲したシューベルトの歌曲集『冬の旅』は必聴!歌の部分はそのまま、ウインドマシーンや、変な音のするアコーディオンなどを使い、寒々しい歌の世界をより冷え冷えとさせている。ところによって歌い方にも注文を出し、ナチス官僚の演説めいた凄まじいアクセントも辞さない。
(宮下誠『「クラシック」の終焉?未完の20世紀音楽ガイドブック』P.143)

 ヴィルヘルム・ミュラーの詩にシューベルトが付曲した『冬の旅』をハンス・ツェンダーが「創造的編曲」した音盤。「古典的佇まい」を重視する方には薦められない音盤だが、「引き千切られた感情」や「心奥の苦しみ」がよく伝わってくる表現主義的な『冬の旅』。この音盤に慣れてしまうと、「普通の音盤」では「物足りなく」感じてしまう。
 ちなみに『冬の旅』は、宮崎駿監督のアニメーション映画『風立ちぬ』の劇中で使用されている。ドイツ視察中の二郎と本庄が、夜中に散策に出て、ある家の窓から蓄音機が鳴っているのに気づくという場面だ(絵コンテの段階では、『冬の旅』ではなく『愛らしい星』(シューベルト作曲)の使用を予定していた)。さらに豆知識だが、映画のヒロインの名前の由来となった人物が登場する小説『菜穂子』を書いていたとき、堀辰雄は『冬の旅』をよく聴いていたらしい。「ゲルハルト・ヒュッシュ+ハンス・ウド・ミュラー」盤(1933年録音)の『冬の旅』SPレコードが堀辰雄の所蔵品目録に含まれている。


ブラームス『ピアノ協奏曲第1番』(1854-1857年作曲)
ザンデルリング指揮+ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1980年録音)


ロマン派以降、協奏曲も「拡大して」ゆくんだね。いやベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ですら早くも「長い」。ブラームスでは二つ目のピアノ協奏曲も「長い」けれど、そっちは4楽章制で、形式自体が「異形」(に見える、と言うのもそんなに珍しいことじゃ実はないらしいからだ)。1番目のピアノ・コンチェルトは一般的な3楽章制。だから第1楽章の「長さ」が目立つ。」「この曲が「本当に長い」ことを実感するためにはマルティノ・ティリモ(P)+クルト・ザンデルリンク+ロンドン・フィルの演奏を是非とも聴くべきだ!輸入盤しか手に入らないからか、殆ど話題にはならないけれどこの曲に関する限り第1に指を屈し、それ以外の演奏には一顧だにしなくても「罰は当たらない」、究極の名演だ!特に第3楽章コーダは、これを聴くとほかの如何なる演奏も「小さく」聞こえてしまう。
(宮下誠『迷走する音楽』「何故長くなるのか?」P.74)

 特定の条件下で聴きたくなる曲というのがある。私は雨が激しい日に、ブラームスのピアノ協奏曲第1番が聴きたくなる。曲の出だしから「凄まじい嵐」のイメージと重なってくる。ベートーヴェンの交響曲第6番(「田園」)には「雷雨、嵐」という標題が付く楽章があるが、こちらの方は聴きたくなるということはない(曲の性格が楽章毎に異なっているし)。
 上記の音盤のことを「終楽章の噛んで含めるような(ティンパニが良く鳴っている)テンポは、これでこそ「ブラームスの第5交響曲」の異名に恥じないものだと思う。この曲が第2ピアノ協奏曲よりはるかに立派な作品であるように思えてくる」(『迷走する音楽』「「遅い」演奏の方へ」P.118)と別のページでも宮下誠は激賞している。この音盤に出会うまでは、グレン・グールドとバーンスタインの音盤を聴いていたが、今では宮下誠の推薦盤を愛聴している。


シメオン・テン・ホルト『複数台のピアノのための作品全集』

(シメオン・テン・ホルトは)オランダの作曲家、ピアニスト。パリのエコール・ノルマル・ドゥ・ラ・ミュジックでアルテュール・オネゲルに師事する。この経歴からは彼の音楽がまったくみえてこないが、れっきとした(?)ミニマル・ミュージックの担い手である。その1つ1つの作品が異常に長いことにその大きな特徴をみることができるだろう。ごく限られた音程と音形が無限に思われる悠久のなかにたゆたってゆく。日常的時間性は解体され、いわば身体的、感覚的麻痺状態に聴く者を導いてゆく。その業績はなんと激安CDで有名なブリリアントから(本社がオランダにあるからだろう)11枚組CDボックスのかたちで手に入る。『カント・オスティナート』(1976-79)、『レムニスカート』(1982-83)、『ホライズン』(1983-85)、『インカンターティエ Ⅳ』(1987-90)、『メアンダー』(1997)、『シャドウ・ノア・プレイ』(1993-95)の6曲(!)が収められている。ちなみにすべてピアノ曲。
(宮下誠『「クラシック」の終焉?未完の20世紀音楽ガイドブック』P.155)

 ミニマル・ミュージックといえば、日本では久石譲が宮崎駿の映画音楽を担当していることで有名である。世界の代表的なミニマル・ミュージックの作曲家たちを『20世紀音楽』と『「クラシック」の終焉?』で宮下誠は紹介しているが、その中で私の琴線に触れたのが、上記のシメオン・テン・ホルトの音楽である。
 『カント・オスティナート』(収録時間:2時間25分[CD1-2])は、楽器演奏の様々なバージョンの音盤が存在するシメオン・テン・ホルトの代表作だが、寄せては返すピアノの煌めく波の音を、誰もいない浜辺で浴びるように聴いているような感覚を覚える。作業用BGMにしたり、寝る前に音量小さめに流して睡眠導入に利用してもいいと思う。


ストラヴィンスキー『春の祭典』(1911-1913年作曲)
オトマール・スウィトナー指揮+シュターツカペレ・ドレスデン(1962年録音)


第1部イントロダクションのファゴットからして凡百の演奏とは一線を画している。楽譜を音にしたらそのままこういう演奏になるほかない、といった確信に満ちている。中声部から低声部にかけてもとても良く聞こえるので、この曲の構造が多層的に把握できる。但し、演奏家たちはこの曲を何度も演奏しているとは思えない。曲の大きな枠組み、起承転結、といったシナリオ(「ものがたり」)に従うと言うよりも、その都度そこにある音符をあるがままに聞こえるようにした、とでも言うほかない、いわば木で鼻を括ったような素っ気なさがこの演奏の身上だろう。ズイトナーも感情移入など余計だといわんばかりの即物的解釈で押し通している。曲自体はその後の「新古典主義」的ストラヴィンスキーとは幾分違って、もっと直接的な「情動」に支配されているだけに、彼らの即物的演奏が際だって聞こえる。「乙女たちの踊り」中盤から登場するティンパニはその後、わが物顔で終曲まで支配的な地位を維持することになる。テインパニ協奏曲とさえ言い得る活躍ぶりで、ティンパニスト(多分ゾンダーマン)のために曲が決められたのでは、と邪推さえしたくなる。
(宮下誠『迷走する音楽』「ドレスデンの太鼓」P.161)

 『20世紀音楽』の「音盤紹介」(P.395)では、「まずはブーレーズ指揮のもので聴くのがよいかもしれない」と宮下誠はコメントしているが、『迷走する音楽』紹介盤(宮下誠自身が愛聴していたのはこちらの方だと思っている)を、私はベスト盤(愛聴盤)としている。
 ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽として有名な作品は、『春の祭典』の他に、『火の鳥』(1909-1910年作曲)と『ペトルーシュカ』(1910-1911年作曲)がある。『火の鳥』はディズニーのアニメーション映画『ファンタジア2000』大トリのラストを飾る音楽に選ばれている。『ペトルーシュカ』は「クレンペラー指揮+ニュー・フィルハーモニア管弦楽団」盤を私は気に入っている。
 ニジンスキーによるダンスの振付を復元した、『春の祭典』初演(1913年5月29日)再現ドラマをBBCが2005年に制作している(『Riot at the Rite』)。日本語字幕を付けてブルーレイで発売してほしい。


カール・オルフ『カルミナ・ブラーナ』(1935-1936年作曲)
ケーゲル指揮+ライプツィヒ放送交響楽団(1960年録音)


旧東ドイツの指揮者ヘルベルト・ケーゲルは20世紀音楽に独特のセンスを発揮し、音盤上、実に切れ味の鋭い音楽を聴かせてくれるが、カール・オルフ(1895-1982)の諸作品を振ったものも、実に明快な音像を結ぶ点で稀有の名演揃いだと思う。初期のオペラ『賢い女』と『月』、『カルミナ・ブラーナ』、『カトゥリ・カルミナ』、『アフロディテの勝利』の所謂『トリオンフィ』三部作のどれもが素敵だけれど、ここに言及したいのは上記三部作とは別に、単独で録音された第1回目の『カルミナ・ブラーナ』(1960年)である。オーケストラは三部作纏めて録音したのと同じライプチヒ放送響だが、ソリストはユッタ・ヴルピウス(S)、バッハの宗教曲ほかでこくのある名唄を聴かせてくれるハンス=ヨアヒム・ロッチュ(T)ほかによる。2回目の録音でのセレスティーナ・カサピエトラ(S)、東独の名ミーメ役として逸せないホルスト・ヒースターマン(T)、カール=ハインツ・ストリチェク(Br.)のほうが歌唱的には面白いが、オーケストラの「威力」や合唱(主体は共にライプチヒ放送合唱団)の面白さでは1回目の録音の方が一枚上手だと思う。ケーゲルも、2回目の録音では曲の抒情性にも目配りした円熟の音楽で聴かせてくれるけれど、1回目でははるかに攻撃的で、聴き手に対する一切の妥協を禁じているかのようだ。
(宮下誠『迷走する音楽』「太鼓学事始め」P.129)

(ケーゲルが1960年に録音した『カルミナ・ブラーナ』は)唾が飛びそうなディクテーションで、ガシガシと合唱に歌わせ、オーケストラは限界まで即物的にそして明快にドライヴされている。そこに立ち現れるのは、リズムの饗宴であり、音の洪水である。そしてケーゲルは最初から最後まで怒っている。「何に対して怒っているのかはケーゲルにさえわからないだろう。歌手たちも合唱もケーゲルに感染してか怒りまくっている。このような演奏の『カルミナ・ブラーナ』は空前絶後であろう。
(宮下誠『カラヤンがクラシックを殺した』「第四章 絶望の音楽」P.241-242)

 「(ケーゲルの『カルミナ・ブラーナ』【1960年】)演奏の随所に閃くティンパニの一撃、これこそ、ティンパニの「響き」が「意味」の追跡を侵害する、従って、必ずしも「現代音楽」ではない音楽が20世紀に接近する極めて重要な要素であることをぼくに教えてくれるものだった」「以後ぼくは、「太鼓(ティンパニ)」にはまった、のである」と『迷走する音楽』に宮下誠は書いている。
 『20世紀音楽』の「はじめに」(P.10)では、「まずは聴いてもらいたい」と「わかる」20世紀のクラシック音楽の筆頭として、カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』を宮下誠は推薦している。


ベートーヴェン『エグモント』(1809-1810年作曲)
ジョージ・セル指揮+ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1969年録音)


序曲からヴィーンの太鼓は実に威勢が良い。音楽とは、楽譜に書かれたものを正確にリアライズしていけば自ずと成立するものだ、とでも言わんばかりに、いわば即物に殉じるかの如き気概をもって演奏に臨んだセルの指揮だから、ティンパニの音響的逸脱はいわば必然でもあるだろう。しかしそれにしても第5曲「間奏曲第3番」後半、スペイン軍の行進を表す音楽におけるティンパニの逸脱は常軌を逸している。実際にどうやっているのかはわからないけれど、「印象としては」ぎりぎりまで革を張りつめたティンパニを、途轍もなく硬いばちで、むきになって叩き「のめして」いるように聞こえる。ケルテスによるドゥヴォルザークと双璧。ベートーヴェンの革新性はやはりこういう演奏でこそ明確に理解されるのだ。
(宮下誠『迷走する音楽』「ヴィーンの太鼓」P.151)

 ベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』は聴かないが、劇音楽『エグモント』は聴く。序曲だけ音盤に収録されているケースが多いが、上記の音盤には、ベートーヴェンが『エグモント』のために作曲した音楽が全曲収録されている。クラウスユルゲン・ヴッソウによる、エグモントが処刑前に絶叫するアジテーションが、狂気じみていてよい。音盤に収録されている「語り」は、戯曲の「粗筋」を説明するに留まっている。戯曲『エグモント』(ゲーテ作)の全容は、ゲーテ全集(内垣啓一 訳)で読むことができる。


ベートーヴェン『交響曲第3番《英雄》』(1803-1804年作曲)
フルトヴェングラー指揮+ルツェルン祝祭管弦楽団(1953年録音)


フルトヴェングラーが録音した最後の「エロイカ」である。第一楽章はものすごい気迫で開始される。最初の和音だけとれば、これが今までのベストといえよう。そしてつづく主題の足どりはゆったりとして実に良い雰囲気であり、堂々としてスケール雄大、ひびきが満ちあふれる。オーケストラが指揮者に慣れていない感じで、それがフレッシュな感動を生み出す原因の一つになっているのだろう。指揮者の棒は1952年のスタジオ録音以上に力みがないが、音の背後の凄絶さはまさに最高、常に立派な充実感に満たされている。テンポの動きは再現部の前と直後に一度ずつあるだけで、後は安定しきっており、最晩年の確立した大演奏といえよう。第二楽章も心はこもっているが流れを失わず、旋律はソロといい合奏といい、肉のり厚く歌われ、中間部から再現部のフガート、その後の阿鼻叫喚に至るまで、ほかのどの盤に比べても仕掛けはないが、それでいて物足りなくないのは偉とすべきであろう。スケルツォからフィナーレにかけても同じスタイルだが、後者に入ると音質がだんだん濁ってくるのが残念だ。しかし、少しも速くならないフーガといい、ポコ・アンダンテといい、コーダといい、音の後ろにすごいものがかくされており、充分満足させてくれるのがすばらしい。
宇野功芳『フルトヴェングラーの全名演名盤』「全作品批評」P.95-96)

(『フルトヴェングラーの全名演名盤』は)良くも悪くも宇野功芳節全開である。出版当時本邦で聴けたフルトヴェングラーの音盤をことごとく紹介している点が貴重。宇野の「批評言語」に関してはもはや批判の対象とさえならないと言わざるを得ないが、少なくとも10年前には彼のような聴き方が本邦クラシック受容の典型だったことは覚えておいて良い。そのような留保付きで読む限りにおいて宇野の文章に学ぶところは未だに多い。
(宮下誠『迷走する音楽』「極私的文献表」P.310)

 私が初めて自発的に「クラシック音楽」を聴こうと思ったのは、TSUTAYAの「クラシック音楽」コーナーがきっかけだったと思う。そこで手に取ったのは、ベートーヴェンの「英雄」。なぜこの曲を選んだのかは憶えていない。レンタルしたCD(音盤の詳細も憶えていない)をプレーヤーで再生して聴き始めたが、「気持ち悪くなって」最後まで聴き通せなかった。そういう苦い思い出がある。それから数年後、また「クラシック音楽」を聴くようになってからも、そういう体験があったから、「英雄」は忌避していた。ところが最近、宮下誠の『迷走する音楽』を読んで、紹介されていた「英雄」の音盤(クレンペラー指揮+ニュー・フィルハーモニア管弦楽団【1970年録音】)が気になり、CDを購入して聴くと、「英雄」も「いいじゃん」と思うようになった。クレンペラーが指揮した演奏によって、苦手意識が消えたのだった。

 フルトヴェングラーの音盤で最も愛聴しているのが、上記の1953年録音盤の「英雄」。まるでコンサートに居合わせているような臨場感が体感できる素晴らしい音盤。「音質がだんだん濁ってくるのが残念だ」と宇野功芳は書いているが、放送局保管のオリジナルテープからデジタルマスタリングされた私が所有している「Audite盤」(2017年発売)では、そのようには感じなかった。この発掘された(「クラシック音楽」業界では珍しいことではない)最高音質の音盤を聴くことなく、2016年に宇野功芳は亡くなっている。


ベートーヴェン『交響曲第9番《合唱》』(1822-1824年作曲)
ケーゲル指揮+ライプツィヒ放送交響楽団(1977年録音)

「『第9』に第4楽章はいらない、とケーゲルは言っていたらしい。第3楽章で終わればどんなに良いことだろう、と。本当かどうかは知らないが、如何にも見せかけの予定調和を嫌うケーゲルらしい。フルトヴェングラー+バイロイト祝祭管の『第9』を至上のものとする聴き手からは間違っても褒められない、絶対零度の音楽である。やる気がないのかというとそうでもないし、第4楽章など、実に力の篭もった演奏を展開しているのだが、それでもなお聴衆の共感を予め拒否したところから音楽が始まっている。ケーゲルが『第9』を指揮すること自体、ブラック・ユーモア以外の何ものでもない、のかもしれない。
(宮下誠『迷走する音楽』「ヘルベルト・ケーゲルの挫折」P.300)

 私が憶えている「クラシック音楽」の最初の記憶は、家族で遠くへ旅行に行った帰りに車中で流れていた「第九」である。高速道路の代わり映えのしない夜景を眺めながら、長時間「聴かされていた」のを憶えている。それで好きになったり嫌いになったりすることはなかった。ただ印象に残っている、昔の記憶だ。演奏の詳細は、TSUTAYAで手に取った「英雄」と同様に、不明である。

 私が所有している音盤は「第九」が最も多い。聴いた回数も最多だと思う。オーケストラの器楽演奏と声楽の独唱と合唱をトータルで評価して、ケーゲルの1977年録音の「第九」がベストと考えている(注記、ライプツィヒ放送交響楽団の首席指揮者を辞めてから10年後に録った1987年の「第九」、そしてドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団と録った「第九」、ではない)。
 『迷走する音楽』の辿り着いた「座礁地点」として、ケーゲルの1977年の「第九」の音盤ジャケットを、まるで「墓標」のように、宮下誠は掲示している。

「善であり高貴であっても、人間的と呼ばれるものは存在してはならない。人間がそれを得ようと戦ったもの、人間がそのために堅城を襲ったもの、そして目的を達した人々が歓呼して告知したもの、それは存在してはならない。それは取り消される。ぼくがそれを取り消そう」「ぼくには、君、よくわからないんだがね。何を取り消すというのか?」「《第九交響曲》さ」
トーマス・マン『ファウスト博士 (下)』関泰祐・関楠生 訳 P.226)

 「(『ドクトル・ファウストゥス【ファウスト博士】』)に独断と偏見に満ちた註釈を施すのはぼくの夢(本当は「使命」と書きたいところ)」と『迷走する音楽』(「クレンペラー晩年のテンポ」P.275)に宮下誠は書いていたが、「ごく少数の賛同者、理解者に恵まれながらも、戦い空しく、貶され叩かれ、「ぼこぼこ」にされてうち捨てられた」(『越境する天使 パウル・クレー』「前口上」P.9)『カラヤンがクラシックを殺した』を出版した翌年、宮下誠は47歳の若さで急逝した。彼の新しい本を読むことがもうできないのは残念だ。

「クラシック初歩の方にはマーラー以前のクラシック音楽も聴いていただきたい。どの時代の音楽にも聴くべきもの、聴いて楽しいもの、そしてなにより聴くことでさまざまなことを考えさせてくれる音楽がいくらでもある。『20世紀音楽』で書いたことを改めてここに書いておきたい。ただし「20世紀」を抜かして。「音楽は、わたしたち人間とは何か、世界とは何か、生きるとは何か、なぜわたしたちは愛し合うのか」、これに続けよう、なぜわたしたちは憎み合うのか、なぜ傷つけ合うのか、あるいは、「わたし」は本当に今ここにいるのか?「わたし」というものはそもそも何なのか?……クラシック音楽を聴くのに、教養も経験もあったものではない。とにかく聴いてみることだ。」
(宮下誠『「クラシック」の終焉?未完の20世紀音楽ガイドブック』P.36)

「クラシック音楽」沼への招待

魂を医療する プラトンのソクラテス文学+α
■児童文学のススメ「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」
【スタジオジブリの教養】鈴木敏夫を宮崎駿につなげた232冊+α
【養老孟司書店】養老先生がオススメする本「全958冊」【リスト】
『文語訳 旧約聖書 III 諸書』“伝道之書”「力を尽くしてこれを為せ」
アメノウズメと洞窟フラメンコ「クラウディア・ラ・デブラ」

『風立ちぬ』【補遺】資料室
【君たちはどう生きるか】宮崎駿監督が聴いたクラシック音楽+α

theme : クラシック
genre : 音楽

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「figma 遮光器土偶」と「本物の遮光器土偶」

※本ブログでは記事中に広告情報を含みます


figma 遮光器土偶

Amazonで予約したのが、2022年3月26日。
発送されて届いたのが、2023年4月22日。
約1年間、発売まで待ったことになる。
予約中に値下がって、購入価格は8,882円だった。



箱の中身を開ける。
「figma 遮光器土偶」本体、
「差し替え」「手(2本)」&「目(3種)」パーツ、
「可動支柱付きのfigma専用台座」と「説明書」が入っている。



包装カバーを1枚取る。「遮光器土偶さん、こんにちは」。



近づいて見る。「神々しい…」。



足も出していただく。「いいなぁ…」



説明書。



figma専用台座と可動支柱(2種)。



差し替え手パーツ(2本)。



figmaの原型となった
亀ヶ岡遺跡出土の遮光器土偶、
オリジナルは左足が欠損しているが、
もしあったとしても、自立できない構造らしい。
しかし「figma 遮光器土偶」はできる(できた)。
足の接地面積が小さく、不安定ではあるが…。



背中にジョイント用の穴が空いている。



お尻にも穴が空いている。



頭と肩の可動域は広い(他は狭い)。
横を向く遮光器土偶。「本物にはこんな芸当はできまい…」。



仮面のように顔パーツの取り替えが可能。
最初から付いている「顔(亀ヶ岡遺跡出土仕様)」と
「figmaオリジナル(3種)」の「全4種」から自由に選べる。



転倒して破損してしまわないか怖いので、
お尻の穴に支柱をジョイントして台座につなぐ。
宙に浮かせておいた方が、地上に立たせておくより、安定している。



転倒の恐れがないから、ポージングの自由度が上がる。



顔と手のパーツを変えてみる。「愉快愉快」。



毛虫のボロと王蟲のフィギュアを手前に置く。

テーブル美術館「figma 遮光器土偶」は「11cm」。
亀ヶ岡遺跡出土のオリジナルは「34.2cm」である。
実物の大体「1/3」のスケール(縮尺)だ。

NHK 見たことのない文化財 遮光器土偶


NHKの番組で初めて知ったが、
本物の遮光器土偶の「お尻」には「穴」が空いている。
実物は上野の東京国立博物館の常設展で見たことがあるが、
「お尻の穴」までは見れなかった(展示の仕方により)。

「figma 遮光器土偶」の「お尻の穴」は、本物を忠実に再現したものだった。



本物の遮光器土偶の
「おへそ」の下あたりにも「穴」が空いている。
「産道」とみられている。
「乳首のディテール」と「腰のくびれ」の特徴も
「女性像」といわれる理由に挙げられている。

「figma 遮光器土偶」の「おへそ」の下あたりに、
「窪み」はあるが「穴」ではない。



発見されたとき、「色が着いていた」との証言がある。
復元すると、こうなるらしい。朱色の遮光器土偶。


(BSプレミアム『もうひとつの千と千尋の神隠し~舞台化、200日の記録~』)

最後に備忘録として書いておくが、
遮光器土偶ではないが、土偶といえば、
宮崎駿のアトリエには「仮面の女神」に似た造形物が飾られている。
「高畑勲と大塚康生」と思われる写真の下に置かれている。

宮崎駿公認!?サイン色紙の贋作師・鈴木敏夫
宮崎駿監督の新作映画 『君たちはどう生きるか』はこうして生まれた
宮崎駿『君たちはどう生きるか』と山川惣治『爆弾サーカス』

アメノウズメと洞窟フラメンコ
「クラウディア・ラ・デブラ (Claudia"La Debla")」

theme : 工芸
genre : 学問・文化・芸術

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Author:紫の豚

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